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ヒゲ系クリエイター。

32歳くらいまでの私はいつもスーツにネクタイ、革靴に革の鞄、できるだけ美しく整えられた服装を心がけていた。

暑い夏でもネクタイをしめて、行く先々のお客様から「イトーさん、こんな暑いんですからネクタイはとってもいいのでは? 見てるこちらが暑くなります」と言われたもので、そう言われた私は、選挙活動中の参議院議員かのように「いえ! これが私のポリシーですから!」と答えていた。

迷惑である。そのポリシー、きしょいです。やめてください。意味ないです。


現在の私は、夏になるとTシャツを着て、チノパンでリュックを背負うようになった。

あとひとつ、手首にアップルウォッチが巻かれれば、令和の起業家クソメンが完成する。いかにもな風貌。だけどしない。理由は特にない。


人の見た目には、その人の心の中があらわれる。


今までネクタイをしていた人が、Tシャツ姿で仕事をすればそれは「とにかく何者にも縛られずに、脱力で」という心境の現れだ。

これは古いかもしれないが、髪の毛をバッサリ切るという行為には、ある意味の心境の変化が見える。失恋とかね。

女性がパンプスを履いて外を歩くという行為にも、何かが隠れている。脚長効果なのか、あの音なのか、なんなのか。そういう人は決してアシックスのスニーカーは履かない。休日に履くのはプーマかニューバランスだ。

髪の色にも心が出る。身につけるネックレス、ブレスレット、指輪、その装飾品の色にまで。心は外に露出している。実は素っ裸なのではないか。


私たちは心を言葉にはせずに、外見で主張している。特にこだわりの強い人であればあるほど。



ヒゲを生やさない人生だった。

なぜならヒゲは小汚く見えるし、だらしなく見える。テレビでヒゲを生やす有名人に対して「うわ、きたねーな」と思うことはないけれど、自分とは縁のない存在、それがヒゲ。

必ず生えてくるのに、意識されることはない、それがヒゲ。そういえばむかし、友だちがヒゲを伸ばしてきたことがあった。

普段はつるんとした綺麗な肌をしているのに、その日はどういうわけか、ヒゲを生やしてやってきた。

そのヒゲを見て思ったのは「ヒゲ、伸ばしたかったんだろうな」であり「ヒゲ、悪くないと思ってるんだろうなぁ」である。

もう何年も前のこと。



先日、インフルエンザになった。妻にうつしてはいけない、と判断して近所のホテルで約1週間も1人で過ごした。

インフルエンザはつらかった。体もだるいし、食事もろくにとれない。なにより、ヒゲをそるのが面倒くさい。というわけで普段は毎日そるはずのヒゲをのばしっぱにした。1週間である。

ヒゲヅラの私が鏡に映る。

ちょうど『Let It Be』のときのポール・マッカートニーのようである。繋がるべきところが繋がっていて、我ながらいい感じにダンディであり、我ながらいい感じの創作物を生み出しそうな見た目になっている。我ながら見る人が見たら「うわあ、セクシーね」となる。

「あ〜、曲ふってきたわぁ〜」


こうなってくるとだれかに見せたくなる。

インフルエンザ期間中にそれなかったヒゲ。自分とは縁がなかったヒゲ。いざ生やしてみると、悪くない見た目になっているヒゲ。クリエイティブな何かをしそうな見た目になっているヒゲ。

「今度いっしょにおもしろいことやりましょうよ」とほざくクリエイターかぶれがいる。ああいうチープな人種とは一線を画すような本物っぽいヒゲ。

悪くない。悪くない。
こんな私を誰かに見てほしい。よし。


というわけでまずは妻に見せてみた。

「どう? ヒゲ。ポールみたいじゃない?」

「どこが? 汚いよ?」

妻はわかってくれない。

めげない。
めげずに、翌日からヒゲヅラで外に出てみる。


でも、


なんだか恥ずかしい。私を知ってる人が私のヒゲを見たらどう思うだろうか。必ず言うに決まってる。「わ、ヒゲ、いいっすね」って。心にも思ってないクセに。

う〜ん、恥ずかしい。

ヒゲを生やしたまま2日間仕事をした。仕事中、だれと話すときもマスクをした。このマスクの下には自称クリエイティブなヒゲが生えていることをだれも知らない。


結局、ヒゲヅラの私は妻以外に披露されることはなかった。


翌日、ヒゲを綺麗さっぱりそって妻に見せると、


「はぁ、やっと私の前から汚い旦那が消えたわ」と言っていた。悲しかった。


<あとがき>
ヒゲってなんか憧れるんですよね。サラリーマンとか綺麗な会社員だとたぶん、ヒゲって難しい気がします。ところがヒゲを生やす人種というのは、体制側ではないような、クリエイターといいますか、あっち側の人たちっぽく映るものですね。だから憧れるのかなぁ。今日も最後までありがとうございました。

【今夜9時】森井さんとのスタエフLIVE!

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