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たとえ、形は変わっても。/かつての教え子から、コーチングを受けた話

彼女と初めて出会ったのは12年前。大学生の僕は塾講師のアルバイトをしていた。彼女はそこの生徒だった。当時の彼女の印象は、勉強はまあまあできるけど、勉強することはそんなに好きじゃなさそうな子。中学生になったばかりの彼女は、少し難しくなった勉強というものが少し嫌になっているように見えた。

彼女が高校生になったころ、僕は塾講師を辞めた。それから、彼女と交流することは殆どなかった。

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2021年の5月、彼女と僕は再会した。コーチングのコーチとクライアントとして。いつからか繋がっていたSNSで、彼女がコーチングのクライアントを募集していたのだ。彼女は大学生になっていて、コーチングの勉強をしていた。コーチングの取得を目指すために、継続的にコーチングをするクライアントを求めているとのことだった。僕は『かつての教え子のために、ひと肌脱いでみよう』、そんな気持ちで、その募集に手を挙げてみることにした。それに、勉強があんまり好きじゃなさそうだった彼女が、今どうなっているのかというのも気になったのだ。

簡潔に言って、彼女とのコーチングはいろんな点で予想以上だった。初めてのセッションで、僕は号泣してしまった。今まで何かを成し遂げられなかった、やり続けられなかった自分を許せていなかったこと。やりたいと思っていたことが、実は義務感でやらなくちゃと思っていたこと。できないことがだめなことだと思っていて、自分のできるを見逃していたかもしれないこと。彼女と話すことで、自分の中のわだかまりが少しずつほぐされていくような感覚だった。

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意外だったのは、自分がけっこう、完璧主義だったことだ。『今の自分のこと、あんまり好きじゃないなぁ』と思っていた部分があったのだけれど、その理由は理想の自分とのギャップにあった。例えば、もっと英語が話せなきゃなのに、できていない。仕事の勉強をもっとしなきゃいけないのに、できていない。そんなできていないにばかり目がいって、できない自分はだめなやつだと思っていた。そのくせ、今は子育てが忙しいとか、時間がないからとか、言い訳ばかりしていて、余計に自分のことが好きじゃなくなっていた。そんなとき、彼女は「サボタージュ」の概念を教えてくれた。「サボタージュ」というのは、人格の一つで、変化/リスクをおかさないでいいと考え方のこと。「サボタージュ」は誰にでもあって、悪いものではないということ。
「サボタージュを受け入れてもいいんですよ」
その言葉に、僕はどれだけ救われただろう。と同時に、「サボタージュ」してばかりでは、前に進めないことも教えてもらった。「サボタージュ」とは、上手に付き合っていけばいいのだ。

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もう一つ、すごくよかったのは、自分にあったアンガーマネジメントの方法を見つけられたことだった。あるセッションの前日、僕は突発的に怒ってしまい、家の壁に穴を開けてしまった。直後、僕は我に返って、『このままではいけない』と思い、ちょうど翌日にあったセッションで彼女と話すことにした。先述したように、僕には完璧主義なところがあって、予定通りに行かないことを非常に嫌うようだった。それから、自分の感情が蔑ろにされるのも、結構嫌なようだった。それらが瞬間的に湧き上がって、怒りの沸点を超えてしまうのも見えてきた。その日のセッションを終えて僕が得たのは、「怒りを因数分解すること」だった。「怒り」の中には、「予想外」とか、「疲労」とか、「悲しみ」とか、いろんなものが隠れていて、その一つひとつと向き合うことは案外易しいと思ったからだ。もしかすると、アンガーマネジメントの本なんかには、こんなこと当たり前のように書かれているのかもしれない。それでも、彼女とのセッションを通して、僕が実感を持ってこの考えに行き着いたからこそ、自分にあっていると思えるのだと思う。

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最後のセッションのあと、彼女は僕にこう言ってくれた。
「ずっと、まっすぐに、フラットに関わってくださってありがとうございました。」
その言葉で僕は思い出した。そういえば、『かつての教え子のために・・・』なんて理由で手を挙げていたことを。どうやら、彼女も、元先生であり、彼女よりも社会経験が多く、ライフステージの違う僕のようなクライアントは初めてで、対等になれないような気持ちを初めの頃は持っていたらしい。しかし、初回のセッションで号泣したせいか、僕は恥ずかしげもなくありのままの僕を彼女に見せ続けていた。それが彼女にとっても、良いことであったのが、僕はとても嬉しかった。

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先生と生徒であった僕と彼女は、クライアントとコーチとして10年越しに再び出会った。きっとこれからも、彼女と何らかの形で、人生が交差することがあるだろう。僕はそれが今から楽しみである。

#2021年の出会い


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