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THE GAZETTEを読む(37)2019年12月号 顧客体験に魔法をかける

 本記事は、ラスムセン・コンサルティングが発行しているメールマガジンTHE GAZETTEのバックナンバーを、日本語訳をしながら、コメントを加えながら読んでいくシリーズの一つである。レゴ®︎シリアスプレイ®︎(LSP)のファシリテーター・トレーニング修了者向けに書いている。
 この記事の引用元原文はこちらのPDFから読むことができる。

 レゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドは、2014年からハーバード大学のエグゼクティブ教育カリキュラムの一翼を担い、顧客体験を長期的に記憶に留める(STICK)ものについての貴重なインサイトに貢献しています。
 ハーバード大学のStefan Thomke教授は、私がボストンで開催したファシリテーター認定プログラムを修了した後、顧客経験デザインの講座でLSPの手法を使い始めました。Thomke教授は、世界中の何千人もの上級管理職を対象とした授業で、受講者に、自分が体験した魔法のような顧客体験のLSPモデルを作らせました。そのレゴモデルを使って、参加者は、その体験を魔法のようにしたデザインの原理原則と、なぜその記憶が定着したのかを考えてもらいます。LSPモデルが呼び起こすストーリーに耳を傾けながらThomke教授が取ったノートは、最近出版された彼の話題になった論文「顧客体験を記憶に留めるようにする魔法」の基礎となりました。この記事は、MIT Sloan Management Reviewの2019年の人気記事第1位を獲得しました。

THE GAZETTE 2019年12月号をDeepLで翻訳・筆者が修正

 LSPメソッドを調査に使い、論文へと結びつける手法は、同じ研究者だけでなく、企画職やマーケティング職の人にも大変参考になるだろう。モデルを作らせた後に、モデル記録そのものを分析材料に使う方法もあるが、今回のようにお互いにモデルに質問や意見交換してまとめさせたものを、仮説の構築に使っていくという方法も有力だ。この時に、モデルを作らせる問いがやはり大事で「自分が体験した魔法のような顧客体験」という設定は素晴らしい。

合理的なアプローチでは不十分

 Thomke教授は、顧客のストーリーでは効率、コスト、価値といった標準的なビジネス用語で表現されると予想していましたが、次のような感情的インパクトの記述が多く含まれていたことに驚きました。私を特別な存在にしてくれた、共感してくれた、本当に心配してくれた、私を信頼してくれた、本当に驚かされた、といったことです。これらの顧客体験談から得たメモと、意思決定の多くの構成要素に関する研究を組み合わせることで、ある重要な洞察を得ることができました。多くのビジネススクールで教えられている合理的なアプローチ、つまり、顧客により高い価値を提供する、機能を追加する、サービスをより効率的にする、だけでは十分ではないということです。
 意思決定における感情の重要性は、さまざまなソースからのデータによって証明され、支持を集めています。Gallop社のレポートによると、顧客との感情的なつながりを最も良い状態にできる組織は、潜在的に粗利益率が26%高く、売上成長率が85%高く、価格への感受性が著しく低く、紹介者数が3倍になる可能性があるとされています。

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 上記では、Thomke教授がストーリーの中で気づいた内容について簡潔にまとめられている。それは行動には感情が絡んでいるということだ。後半に書かれているように、それまでの研究が感情のことを全く考えてこなかったわけではないが、イメージとしては合理性が核にあって、その外に感情があるという位置づけだった(今でも経済や経営学の入門書はそのような人間モデルである)。
 これに関して、横のコラムで写真とコメントが次のように掲載されている。

このような知識は、簡単に説明できる要素を超越した直感と学習に基づいているため、しばしば「非合理的」と思われたり、感じられたりすることがあります。しかし、信頼、共感、愛といった説明不可能な感情は、重要なすべてのものの中心に生きているのです。

 LSPモデルという表現の方法を使ってみると、感情と行動がどう関係しているかが簡明に視覚化されるとともに、合理性よりも感情の方が行動の中心であることがわかる。指摘されてみれば、私の過去のワークでも、合理的な思考がそもそもモデルの表現に出てきたことはあまりない。LSPモデルで感情が優先的に表現される理由(仮説)については、横のコラムに写真と共に次のようにコメントされている。

LSPがどのように感情にアクセスするかというThomke教授の例は、レゴ®︎シリアスプレイ®︎のパワーを体験した人たちにとって驚くにはあたらないでしょう。大脳辺縁系には感情に基づいた深い知識が宿っており、作るときに直接手に伝わってくるのです。

 手を動かしてモデルを作るときには、感情に基づいた知識が喚起されやすいという傾向があることをなるほどと思う一方、逆に、LSPモデルの中で合理性はどう現れているのかという疑問が出てきた人もいるかもしれない。今の私には、ここでその問いについて核心をついた答えを示すことはできないが、いずれどこかで論じてみたい。

「感情の魔法体験」を創り出す

 MIT Sloan Management Reviewの論文の中で、Thomkeは記憶に残る顧客体験、すなわち「感情のマジック体験(emational Magic)」を作り出すための5つの戦略をまとめている。
1. 五感を刺激する。
2. 失望を喜びに変える。
3. 驚かそうと計画する。
4. 説得力のあるストーリーを語る。
5. 意図を持って実験を行う。
 5つの戦略をどのように適用するかの詳細は、こちらのリンクからアクセスできます。Stefan Thomkeの詳細については、こちらをご覧ください。
 また、Stefan Thomkeの最新の著書「Experimentation Works ビジネス実験の驚くべき威力」もご覧ください。現在Amazonで購入可能です。

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  Thomke教授が導き出した5つの法則は非常に興味深い。
 1つめの「五感を刺激する」では、論文ではフェラーリの例が挙げられている。性能は他の競合メーカーに劣るものの、エンジン音、シートの座り心地や運転席の視点、運転したときの感覚など細部にまでこだわりがあって生まれているといえる。
 2つめの「失望を喜びに変える」は、ホテルでの対応の話が紹介されている。旅行客が彼らのミスで予約ができてなかったことが現地で発覚したときの振る舞いが印象に残り、それがポジティブであればあるほど印象に残ることになる。まさにトラブルはチャンスなのである。
 3つめの「驚かそうと計画する」では、ソニーの例がでている。以前から不満としてあがっていたテレビの配線ケーブルがあるバージョンから突然目立たないようにデザイン変更がなされ、顧客の評価が大きくあがったということである。どの点で驚かせるか、を狙った商品開発やサービス設計ができるかどうかが鍵であるということだ。
 4つめの「説得力のあるストーリーを語る」は製品やサービスのこだわりや歴史を語ることで人々の感情に訴えるものである。ドイツの時計ブランドメーカーのA.ランゲ&ゾーネが紹介されている。メーカーの歴史だけでなく人体のメタファーも使いながら人々と製品の間を演出していることが指摘されてきた。
 5つめの「意図を持って実験を行う」は上記4つとは少し異なる。数多くの実験を行う中でこそ、感情を揺り動かす顧客体験を提供する術が学べるという指摘である。この内容が次のThomke教授のテーマになっており、ここでも紹介されている「Experimentation Works」はまさにそれを扱ったものだ。この本については日本語訳が2021年に出されている。

 改めて、1つめから4つめについてはワークショップの問いに転化できそうだ。感情を扱うので、LSPを使うのも積極的に検討してもよいだろう。

「私たちの商品(サービス)は顧客の五感にどう訴えかけているか」
「私たちのビジネスで起こりうる顧客が失望する場面とは」→「それを喜びにどう転化できるか」
「既存顧客が興奮する商品やサービスの改良点とは」
「顧客にまだ伝えられていない私たちの商品やサービスに対するこだわりや思いとは」

 上記の問いは、あまり練られてはいないが、適切な場でうまくアレンジして活用してもらえれば幸いである。

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