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ミドル世代の30年後未来への貢献のしかた

僕らのワークショップのお題に「30年後の未来を考えよう」というものがある。興味深いのは、そこにいる20代や30代の参加者は何の疑問を持たずにその問いに向き合うのだが、50代以上の人がいると必ず「オレ、もう死んでるかもしれないしなぁ」とか「もう動けなくなってるよ」と言うことがある。

僕も46になったので、その気持ちも分かる気がする。自分がその時代の主軸として活躍できない未来に正直本気で考えられない。何かを成し遂げるのなら、5年や10年、自分がバリバリ動くまでに成し遂げたい。そんな気持ちも湧いてくる。

一方、こういう短期目線は「自分だけ良ければ良し」に陥りやすい。自分や自分の家族さえ、ここ10年ぐらいさえ、良ければ良いの視点になりがちだ。そこまで思っていなくても30年後の未来に対して動くのは自分じゃないと思っている。

むしろ自分の身体が動かなくなってしまう時に備えて権力を維持しようとしたり、財産を抱え込んでおこうとする。年をとって保守的になるのはそういうことだ。未来より今を維持したいのだ。

ある方が、組織の中で未来の視点で話が合うのは、経営者と若手だと語っていた。もちろん経営者にも保守的、短期視点の経営者もいる。が、一方私欲でなく社員の未来、地域の未来、日本の未来を考える熱い想いをもった年配者は、やはり経営者に多いと思う。

そして若者はいうまでもなく30年後でもこの日本を背負って走っていなけばならない。30年後の未来も自分たちの未来だ。

すると、未来視点をもって大きな課題に挑めるのは、やはり若者だったり、志ある経営者だったりするのだと思う。構造的にその割合は多いはず。

では、僕らミドルはどうすべきだろうか。もちろん30年後の未来を自分事として語れるぐらい視座を高める努力も必要だ。

一方現実的な活動で行くと、未来に真正面から向き合う若者を応援する、いや、応援までいかなくても邪魔しない。ことが大事ではないだろうか。

短期視点のミドルと長期視点の若者の意見がぶつかることが色んな場面である。その時、ミドルは道を譲れるかどうか。若者の声に耳を傾けることが出来るかどうか。

未来に対する責任感や使命感の大きい人の声に軍配を上げる世の中にしなくてはいけない。

以前、元アスリートの為末大(44歳)さんが「僕らの世代が、何も決めず、何も動かなかった世代だと言われたくない」というようなツイートをしていた。

未来を明るく変えるキーマンは、実はミドルかもしれないと思い始めている。ミドルなりの未来への貢献の仕方を模索したい。



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