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ブリキ、冬

「昔なんかのドラマでね、不良役の市原隼人が少年院から帰ってくる場面があって。お母さんとそのまま近所の定食屋にご飯に行くんだけど"オムライス2つ"ってお母さんが勝手に注文するの。大好きなオムライスよね?って。すると市原隼人がすかさず”勝手に決めてんじゃねえよ!”ってブチ切れるんだ。それをきいてお母さんが”じゃあ何が食べたい?”って尋ねると市原隼人が即座に”オムライス”って言うんだよ。それで出てくるオムライスをむさぼりつくように食べるんだ。あの時の小気味の良いスプーンが皿にカンカン当たる音がたまらないんだよね。それ観て以来俺、めちゃくちゃオムライス好きなんだよね」


『オムライス頼みたいってこと?』


「うん・・・でもちょっと勝手すぎるかな?」


『あのね。すごく長い付き合いだと思うの私達。出会った当初にあなたが居酒屋で”鯖サンド食べていい?”聞いてきたでしょ。覚えてる?』


「もちろん。めちゃくちゃ引いてたもんね。”鯖サンドって。そんなん食いたがる人間いないでしょ”って」


『あの時はたしかにめっちゃ引いたよ。でもあれ以来あなたは本当に自分から何も食べたがらなくて。私ばっかり食べたいもの頼むのが嫌だって言っても全然デートで食べ物を食べない。それで何回か文句言ったでしょ?』


「ごめんね。俺お酒飲んじゃうと食べないから」


『わかってる。だからいまあなたがオムライス食べたいって言ったのがね、意外とめちゃくちゃ嬉しい。頼もう。オムライス』


「ごめんでも全部はさすがに食べれないかも」


『じゃあ一緒に食べよう。私も食べたい』




そう言って頼んだオムライスは特大だった。


こんなに食べれないよ、と笑いつつ雑談しながらオムライスをつつくと、あっという間に食べ終わってしまった。




「過去最高に美味しいかも」


『テキトーだな、って言いたいけどもしかしたら私も過去最高かも』




2人分のスプーンが、小さくプラスチックの皿を何度も弾いた。











1年3ヶ月ぶりに小峰遥佳と会った。

前回会ったとき、わけのわからないワンマンオーナーの店でヘッドスパをやっていた小峰遥佳は、わずかこの15ヶ月で転職をし、大手美容サロンのアカウントマネージャーに出世していた。

「すご。俺より全然出世してるんじゃない?すごいよ。なかなかなれないよアカウントマネージャーなんて」

『そんなことないよ。たまたまだよ。あなただって応募すればなれるかもしれなかったし』

「俺、男だよ?」

『それくらい簡単だってこと』


前回までは明日の暮らしも見えない、お金がない、先がない、働きたくないばかり嘆いていた彼女は、『まだ明日の会議資料作り終わってないんだよね』と憂鬱そうに携帯のスケジュール帳を見ていた。

同時に"キミ"だったり"佐藤くん"だった私の呼び名は、"あなた"になっていた。


『問題です。私の1番好きな寿司ネタは何でしょう』

「ブリじゃなかった?カンパチとか」

『すご…なんでわかるの?』

「前言ってたの覚えてただけだよ。じゃあ俺の1番好きな寿司ネタはなんでしょう」

『えんがわでしょ』

「…なんでわかるの?」

『何回か聞いたもんそれ』

「意外とお互い忘れないもんだね」



私たちは築地で1貫800円の高級寿司を食べた。

カウンターに座らされた私たちの前で、まるで昭和ドラマから飛び出してきたような老練な大将が、険しい顔で寿司を握っていた。


「あの…この…シラウオを…」

「シラスだねそれは」

「…じゃあそれで」


正直高級すぎて寿司の味なんかわからなかったし、何よりメニューが達筆すぎてなんて書いてあるのかわからない。

それどころか大将の圧にやられてもはや話しかけることすら躊躇いまくり状態の私を見て、小峰遥佳は耳元で言う。


『ちょっと高級店は私たちには厳しいね』

「ごめん。俺はシラスで心が折れてしまった…」

『私も物凄くお寿司の写真撮りたいんだけど、怖すぎてスマホを鞄から出せない』

「出ようか…なるはやで」


こうしてせっかくの高級寿司をわずか3貫ずつで締め、飲み物代もあわせて5000円で済ませる場違いっぷりのまま逃げるように店を出ることにした。




「寿司屋で散財しなかった分、他で使おうよ」

『でも何に使うの?』

「交通で散財しよう。わずかな距離でもタクシー乗ろう」


本来出世祝いと諸々を兼ねて彼女に美味しく高いものをご馳走する予定だった。


それが結局、食べ物ではなく何度もタクシー代を支払うことがメインに昇格してしまうのだから、やはり私はどうも格好が悪い人間のようだ。


「なんか予定狂ってごめんね」


そう伝えると彼女は予想外に上機嫌に『ううん!全然!』と言った。



『歩かないし電車乗らないしでずっとタクシーで移動できる。これね、マジて超最高だよ』










3件目の居酒屋でオムライスを食べきると時刻は19時をまわっていた。

「このあと家行っていい?」

『今日はダメ』

「じゃあもうちょっと一緒に入れる?」

『それもダメ。明日にお酒を残したくないし、資料も作らなきゃだし』


そう言われて私は年甲斐もなく不貞腐れてしまった。

「だってこれで今日が終わったらまた明日から1年くらい会えないんでしょ?連絡もとれなくなるんでしょ」

『そんなことないよ。またすぐ会おうよ』

我ながら情けなく、なんとも女々しい限りだ。自分が散々バカにしてきたメンヘラとアプローチ自体はなんら差はないのだから。

『あのね、今日は無理だけどお店にきてほしい』

「美容サロンに?」

『そう。時間とってきてくれればね、その時間二人でずっといれるよ』

「あー、指名して施術受ける感じってこと?」

『まあそう。だけど割引するし。お店で会おう』


忘れるわけがないがそもそも私と彼女の出会いはガールズバー嬢と客だった。

何年も経ち立場はまったく違うものとなったが、これは紛れもなく私への営業活動であった。

「出会った時は“ガールズバーで指名もクソもないから、店じゃなくていいよ”って言ってたのに、成長して関係も深まったいま、指名で店にいかなきゃならないなんてなんか嫌だな」

『そんなつもりないよ』

「でもこれは営業だよ。それが仕事なら仕方ないけど」

『ごめん。別にそんなつもりじゃないの。ごめんね』

「・・・今度予約していくよ。大丈夫」


そう言いながら私はスマートホンの乗換案内アプリを起動し、帰り支度をはじめた。

『やっぱりこのあと家、くる?』

「ううん。行かないよ。やることあるでしょ」


駅まで送るよ、と彼女は言ったが、ここで大丈夫だよと私は断った。


『予約、待ってるね』


そこはまた会おうね、じゃないんだねと思い切り嫌味を言いたかったが、それをぐっとこらえ、彼女と別れた。










【『最後ごめんね。でも今日めちゃくちゃ楽しかったよ』】

彼女は毎回ちゃんとお礼をすぐにいれてくる。

その辺も含めてしっかりはしているし、ちゃんとこちらを思いやってくれるのだ。

それだけに、ああいう誘いをしてくることが、私にはとてもショックだった。

ただ、そもそも俺を思いやれ!を当り前に相手に押し付けること自体がナンセンスなのかもしれない。


【「全然大丈夫。お店行くね」】


ずっと彼女に甘え、彼女に要求をし続けたのは私のほうだ。

彼女がどんどんステップアップしていく以上、私のような人間が不要になることは、真理であり既定路線だ。


いつから周りに誰かが必ずいる、と勘違いしていたのだろうか。


しっかり受け止めなくてはならない。


君がいなくたって仕方なしに始まらざるを得ない今日も、空も。

頑張ってはいるけども。

まるで違う父のよう、母のようでいたいよ。

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