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広い世界と狭い私

世の中は、とてつもなく大きい。

世の中をすべてを理解するのは本当に難しい。

世の中じゃなくても、たとえば私がこのNoteを書いている

1LDKのマンションの1室でさえも、全てを理解するのは難しい。

私の視界は、180度弱くらいしかないので、一度に見える、処理できるのは見える範囲だけである。

つまり何が言いたいかと言うと、

自分が得ている情報も、そして人が自分に話をしているという情報も、必ず何らかの形で境界線を引かれて、絞り込まれた一部ということである。

そして、熟慮されたかそうでないかに関わらず、

人間がなにかの情報に境界線を引くとき、
それはすなわち意図を持って編集をされている
ということになる。

別に編集が悪いというわけでもなく、意図があろうがなかろうが、全部を伝えることは現実的に無理である。

大切なのは、そこに見えてくるものは全部ではない、
必ず何かしらの編集の加わったものだと意識をして向き合うこと
である。

そうすることで、逆に相手の意見、自分の意見を大切に思えるし、そこには必ずその人の大切な価値観や意図が見えてくるようになる。


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