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甘い甘い甘くて甘い

長靴。
雨カッパからのぞく切り揃えた前髪。それから、すがりつくための親の両足。
緑の草陰にバサバサと手を入れて、4歳の娘は探し物が見つからない。

「きっと、ねんねしてるんだよ」
僕が言うと、「おこしてきて!」と無理難題だ。
「おきてくださーいってお手紙かいて」、娘は唇をとんがらせてる。

家から120メートル離れた公園に僕らは腰を下ろしていた。雨粒は砕かれた氷菓子のように人肌でしんみり溶けていく。娘は「おとうさん」と、草っ原をざらっと撫でて顔を上げた。

「あのね」
娘は黄色いフードを雨にパラパラさせて言う。
「わたし、アマガエルなめてみたい」

「なめる?」

「だって、アマガエルだもん」

「……甘いカエルってこと?」

娘はこくんとうなずくと、吹けもしない口笛をピーとする。
「なめたいのよ」

「じゃあ、急がないとね」と僕は笑って言った。「雨が上がると糖度が落ちるんだ。しなびたキュウリみたいに苦くなっちゃう」

公園の草っぱらは駄菓子屋に変わり、雨雲からは尽きることのない白砂糖。娘は甘いデザートを誘い出そうと、ケロケロって鳴きまねをする。僕はベンチに陣取って言い訳を考えている。

「甘いカエルはレアキャラだから……。それとも、甘みはカエルのポケットに隠してるがいいかな……」
ぶつぶつ言ってると、公園の向かいで信号が点滅した。赤い光がチカチカと雨降りの中に溶けていく。
銀色のベンツが停まり、ウィンカーがまたたき、窓にはほんの少し隙間。信号待ちをしているのだ。
「何か探し物?」といった顔で、こちらを見ていた。

「大人には見つかんないよ」って僕は心の中であっかんべーする。無理なんだよ。だって、それはお金では買えない子どもの夢だから。

娘は青い草の中でケロケロと、やがて忘れてしまう思い出を探している。

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