イタズラなKiss 最終話の続き(1)

“お前、妊娠してないか”

(い、今なんて)

あたしの頭は真っ白になって、言葉が出てこない。

部屋にいる家族も目と口を見開いて、時が止まったかのようにフリーズしてる。

「お前、しばらく生理きてないだろ」

(あれ、そういえば、生理……生理……)

ここんとこ、金ちゃんとクリスの結婚騒動に、仕事の殺人的な忙しさで……

「えっと、えっと」

あたしはザーッと顔を青くした。

「お、覚えてない」

入江くんはフーッと息を吐いた。

「とにかく、可能性がある以上、今はそこらの薬は安易に飲むな」

「琴子」

「はっ、はい」

「午後、医者行くぞ」

さ、ささ、産婦人科?

「え、だって、入江くん、仕事は……」

まだ、頭が追いつききれないあたし。

「ここんとこ夜勤続きだったから、休み入れてもらった」

「それじゃあ、安静にしてろよ」

あたしの顔を覗き込むようにいった。

「い、入江くんは……」

あたしは、振るえる手で胸元をつかんで、部屋を出ようとする入江くんに声をかけた。

「どうして?」

分かるの?

「仮にも毎晩隣で寝てる夫婦同士だろ」

入江くんがにっと笑った。

あたしの顔はボッ赤くなって、髪の毛が広がった。

「……3ヶ月」

「えっ」

「まだ、断言できないけど」

入江くんは腕を組んだ。

「オレの考えが正しかったら、そろそろ、そういう症状が出始めるころだと思う」

「ママ、だっ大丈夫かい」

ふーっと頭に手をあてて、腰から力が抜けたお母さんをお父さん(入江パパ)が助けてる。

「あ、あたし……」

入江くんがあたしを見た。

「ほ、ほんとに?」

あたしは振るえる手をおなかにもっていった。

「一緒に行こう」

部屋中の家族があわてふためいて、何か言ってる。

でもその時は、

「一緒に行こう」っていう、入江くんの言葉しか耳に入らなかった。

☆彡

産婦人科の病院の診察室で、あたしはガチガチだった

(どうしよう。入江くんも外の控えにいるし……)

不安だった。

(入江くんが言うから間違いないわよ。でもでも)

以前の妊娠騒動のショックが忘れられない。

「うーん」

「せっ、先生!」

「な、何かね?」

突然声をあげた、あたしの剣幕に、先生は身を引いた。

「はっきり言って下さい!ストレスで生理がとまったのか、妄想妊娠なのか、あっあたしに……」

あたしは、涙をこらえ、震える声でいった。

「ほんとうに、赤ちゃんがいるのか……」

コホン、先生は咳払いをしていった。

「3ヶ月目ですね」

へっ!?あたしは固まった。

「おめでとうございます。想像妊娠じゃありませんよ」

先生は朗らかにいい、エコーをあたしに見せた。

「ほら、見てください。小さいけれど、赤ちゃんの形が確認できますよ」

あたしはモニターを見た。

あたしの子宮の中、確かに小さな小さな影があった。

まるで、ゆりかごで眠っているように。

「今なら心音も確認できますよ。パパにも来てもらいますか?」

「へっ?パパって」

看護婦さんが、ドアの外に何か声をかけると、入江くんが入ってきた。

「い、入江く……」

「お願いします」

イスに座る入江くんは、冷静な表情。

「ではー」

“ドッドッドッドッ”

二人で、その音をきいた。

「ー」

「力強い心音ですね。赤ちゃんは元気ですよ」

先生がカルテに何か書き込んだあとに、きいた。

「今、何か気になる症状はありますか?」

「……」

「微熱があって、食欲が少し減りました。あと、貧血と仕事上の過労からくる転倒がありまして……」

何も言えないあたしの替わりに、入江くんが先生に話をしてくれた。

あたしはただ、ボーっと固まっていた。

☆彡

「……とこ、琴子!」

「あっ、はいぃ!」

「ったく」

待合室で入江くんは眉を寄せた。

「大丈夫か?」

「あ、うん」

気遣ってくれたんだ。あたしは少し照れて、頭に手をやった。

「まっ前みたいに勘違いじゃないよね。じっ実は、あとからなーんちゃって、なんてこと」

口が速く動く。

「ないよね……」

「琴子」

「ほんと、ほんとなんだね」

ようやくあたしの目から涙がポロポロとこぼれた。

入江くんはあたしの手をとると、あたしのおなかにもっていって、自分の手を重ねた。

「この子のママはお前で、パパはオレだよ」

「うっうん。うん。そうだよね」

あたしは顔を赤らめた。

「あたしがママで、入江くんが」

涙が止まらなかった。

「パ、パパで……」

うーっと人目も気にせず泣き出すあたしを、入江くんは、頭に腕をまわしてやさしく抱き締めてくれた。

☆彡

カチャ

入江家の応接間に入ると、緊張した面持ちの家族が待っていた。

「こ、琴子ちゃん。それで、それで……」

振るえる手で、あたしの手を握って覗き込むお母さんに、あたしは少し照れた笑顔でいった。

「赤ちゃん、おなかにいますって」

お母さんの目から、ざばーっと涙が流れた。

「琴子ちゃーん、私の琴子ちゃーん!」

お母さんがあたしに抱きつくと、入江くんが二人をべりっと引き剥がした。

「おふくろ、気持ちは分かるけど、琴子は妊娠中なんだ。急に飛びつくなよ」

「そ、そうね。そうね。これからは私がおばあちゃんなんだもの。私が……」

感極まったお母さんが、おーいおいおいと泣き出した。

「この日を待っていたのよー!この日を夢見ていたのよー!私もう、嬉しくって」

「ったく」

ハンカチで涙を拭うお母さん。
入江くんは、あたしの肩に手を置きながら、皆の方を向いて言った。

「琴子は今……3ヶ月です」

入江くんの改めた声に、ピタっと、空気が張った。

「これから、つわりの症状も出てくるだろうし、安定期の5か月目まで、できるだけ、安静にしてやりたい」

(入江くん)

「オレは仕事上、家にいないことが多いし、急な時、そばについててやることができないかもしれない。けれど、できる範囲で彼女を守りますので」

入江くんが頭を下げた。

「琴子のこと、協力してください」

(い、入江くっ!)

「あっあたしも。よろしくお願いしますっ!」

わーっと歓声が上がった。

「なに言うんだ、直樹。水くさいこと言うんじゃない。そのための家族なんだから」

「おやじ」

「微力ながら、すけだちさせておくれ」

入江お父さんは鼻をすすった。

裕樹が近づいてきた。

「お兄ちゃん、琴子。おめでとう」

少し頬に朱を走らせて、裕樹はにっと笑んだ。

「ありがとう」

「ゆーきぃィィ」

裕樹はくるっと後ろを向くと

「琴子、子供におれのこと、おじさんなんて呼ばせるなよ。おまえのしつけが今から心配だよ」

「まあっ!」

「ま、ドジやバカは控えられるものか分からないけど、頑張れよ」

「うん……」

胸が温かくなるあたしに

「琴子、直樹君」

「天国のおかあちゃん、喜んでると思うよ。もちろん、俺もな」

「お、おとーさ」

あたしが目を潤ませると、お父さんは入江くんの肩に手を置いた。

「直樹くん、こいつはあまり母親の記憶がないからさ。二人の親がいるってのは、やっぱり嬉しいことだと思うよ」

「……はい」

頼もしそうに笑みを返す入江くん。

(……)

「二人とも、体を大事にな」

二人でタンスに寄りかかって、喜んでいる家族の姿を見ながら入江くんが言った。

「だってさ。みんな少し気が早いけどな」

「よかったな。琴子」

入江くんがあたしを見て、にっと笑ってくれた。

それが一番嬉しかった。

「う、うん。うん!」

あたしは入江くんに抱きついた。

「おいっ!だからさっき!」

「うれしいっ!あたし、うれしいよぉっ!」

まわりがひゅー、ひゅー、と冷やかす中

入江くんはため息をついて、あたしの頭に手をおいた。

「オレもだよ」

☆彡

夜、二人でベッドの中。

「なんか、信じられないね。今日から突然パパママなんて」

あたしは照れながら頭をかいた。

「悪かったな」

「え?」

「早く気遣ってやれなくて」

入江くんがベッドから起きて、あたしはその端正な横顔を見た。

「そうかなと思う節は何度かあったんだ。でも確信がなかった。

お前3ヶ月の妊婦らしくなくて、ピンピンしてるし」

た、確かに。

「でも、仕事でピンチヒッターで、あたししかいなくて、目の前の患者さんのことしか頭になくて」

「知ってるよ。だから、そーゆーこと含めて守ってやれなくて、悪かったと思ってるんだ」

「入江くん」

「……少し前に夜間の急外できた親子、覚えてるか」

「あっ、吸引の」

あたしは思い出した。初めて自分を看護士として、認められたような気がしたあの日。

「あの時思ったんだ。自分の身よりも子供を優先して守ろうとする母親の姿を見て」

「入江くん」

「母親になるかもしれないお前を、守ってやれてなかった」

黙って話を聞くあたしに入江くんは続けた。

「頭の整理が追いついてないのもあったんだ。医者になって、一人でも患者の命を助けるのが優先の生活になった。……本当におやじになれるのかって」

(あ、そういえば)

あたし、あの時は夢中で忘れてたけど、入江くんがタバコを吸ってるの初めて見た。

(入江くんだって、不安なんだ)

新しいパパママ、同じ気持ちを共有できて、あたしは入江くんがいじらしくなった。

「入江くんは、いいパパになれるよ」

「だって、こうしてあたしを心配してくれて、自分だって忙しい中、一生懸命パパになろうとしてくれてる」

入江くんは、ふっと息をはいた。

「お前の言葉には根拠がないのにな」

「でも」

入江くんは、不意打ちのKissをした。

「お前が言うんなら、そうなる気がする」

入江くんは間近で私を見て笑んだ。

「そーだよ」

二人で一緒に、世界一のパパとママになろうね。

そうしてまた、二人で抱き締めあって優しいKissをした。










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