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「ラッシュ(サイレント)で面白いものが面白い」大森一樹監督の言葉

 1982年頃、村上春樹原作「風の歌を聴け」の学内上映の後、大森一樹監督と喫茶店でお話をした前回の記事の続きです。
 「風の歌を聴け」の鼠の8㎜映画「土堀り」杉山王郎さんは、映研の先輩だった。そんなこともあって大森監督はおもむろに私たちに映画作りのコツのような事を教えてくれた。「ラッシュで面白い映画が面白い。後でどう編集しようが、セリフや音楽を入れようが、ラッシュで面白くないものは面白くない」と。

 ラッシュとは、フィルムで撮影された映画のネガの棒焼き状態のものです。撮影しただけの素材のままのもの。
 ラッシュ試写して素材を繰り返しみて、なぜ面白くないのか?どうしたら面白くなるかを考える。大事なのは映像そのもので、字幕やセリフに頼らないで、そのシーンの出来事や人間を面白く描写し、観客に感情を想像させる事。
 当時8㎜フィルムの映画しか作ったことがなかった私には意味がわからなかった。しかし専門学校で16㎜フィルムの映画を作るようになり「ラッシュで面白い映画が面白い」という大森監督の言葉を実感した。

 すると映画の基本がサイレントだとわかり、ますます映画が面白くなった。特に退屈だと思っていた昔の映画がどんどん面白くなった。色もないセリフもない、ただ音楽が鳴り響く昔のサイレント映画、チャールズ・チャップリン、バスター・キートン、マルクス兄弟など。
 ハリウッド映画が短編映画専門のニッケルオディオン、入場料わずか5セント(日本円で7円)の庶民の映画館から始まって、世界を席巻する長編映画(motion picture:動く絵)を作るようになるのもわかる。誰にでもわかる楽しめる手軽な娯楽としての映画。
 アメリカに渡った世界中の移民たちの娯楽。言葉が通じなくても、一日どんなにつらい仕事があっても、まるで魔法にかかったみたいにニッケルオデオン(映画館)に入ったら笑ってしまう。「バカだなぁ」と思いながらゲラゲラ笑って、時に今の自分とリンクして、少し切なくなっても今日一日この映画に出会えて良かったと思える。明日からも頑張ろうと思える。

  これはチャップリン「モダン・タイムス」の一部。現代にも通じるブラックな工場で、主人公はノイローゼになって病院へ送られる。そんな悲惨な状況を明るくコミカルに描く。すでにトーキー映画が普及した中で「時代遅れ」と言われたチャップリン最後のサイレント映画。
 私が映画にはまったのは、全部、あの日の大森一樹監督の「ラッシュで面白いものが面白い」の一言から始まった。
 映画の基本はサイレントで、世界中のどんな人にも通じるで映像で語る事。音楽の音やメロディーと同じで、映画は映像で人を楽しく心豊かにする表現だと思う。


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