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上手くなりたい……誰にも負けたくない

 2021年3月、まだ前職の小売業で働いていた時のこと。当時入社3年半とは思えない勤務能力に、上司が痺れを切らした。二人きりでのミーティングは一時間半にも及んだ。その数日後、私はネットにこんな質問を投稿していた。

まずは1個上の「部門マネージャー」への昇進を目指して3年半頑張ってきましたが、
最近上司との個人ミーティングにてボロクソに怒られました。
そこで言われたことは、

・出来る仕事は増えたが、精度はそんなに高くない
・根本の部分は1年前とそんなに変わっていない
・アルバイトへの適切な指示が出せていない
・「出来ないことを出来るようにする」以前に「考え方を改める」ところから始めなければならない
・年齢的にも会社がいつまでも許してくれない。このままでは昇進どころか、社員として居られるかも危ない
・この先も今の仕事で昇進を目指すなら相当厳しい茨の道になるので、本当に今の仕事・部門で良いのかもう一度よく考えてほしい
・その場で「ある相談」をしても怒られる(「社会人経験10数年やってきた人の発言や思考ではないので相談以前の問題」と言われる)

入社3年半の35歳がここまで言われるのは世間的には異例なのでしょうか?

2021年3月、ネットに投稿した質問より

 2017年8月に前職の会社に転職した私は、中途とは思えないほど成長速度が遅かった。もっと言うと、それに気付くのに一年以上かかっている。恐ろしくマイペースだった最初の一年間は、こんなものだと思い込んでいたからだ。中途故に他の比較対象が存在しなかったことも一因だった。

 アニメ『響け!ユーフォニアム』のシーンが頭をよぎる。

黄前久美子(その時は、まだ10日ある。このまま練習を続ければ何とかなる。そう思っていた

(中略)

滝昇「それからユーフォ。ここは、田中さん一人でやって下さい」(※顧問の判断により、重要なパートを久美子が演奏できなくなってしまう)

久美子(それは、一瞬だった。反論の隙も猶予も無く、先生はそれだけ言うと、すぐ演奏に戻った。そう、これは関西大会進出をかけた戦いなのだ)

『響け!ユーフォニアム』1期12話より

 京アニ屈指の名シーン「上手くなりたい!」の2分前である。久美子の(このまま練習を続ければ何とかなる。そう思っていた)は、事あるごとに思い出す。努力は必ずしも報われない。顧問もいつまでも待ってはくれない。仕事も一緒で、このまま続けていけばいつかは成長できるなんて甘い考えを持っていた時期もあったが、入社3年半での上司の激怒によって絶望へと変わった。その一年後に異例の部門異動を余儀なくされ、異動先の2年間でも大きな成長を遂げられないまま退職となってしまった。

 ***

 そして現職。これまでの中途入社との最大の違いは「同期の存在」、つまり比較対象が居るということ。それも30代という私と同じ境遇の男性が3人も。実は入社3週間足らずにして3人と差をつけられてしまった。

 飲食店の現場仕事は、大きく分けて接客、洗い場、調理の3種類がある。接客と洗い場は慣れてしまえば兼任できるほど難易度が低いのだが、調理だけは本当に難しい。にもかかわらず、3日間の研修を経ての店舗配属初日にして調理を教えてもらう猛者が居たのである。それどころか「調理に立つ場合、売上◎万円を一人で捌くのが目標値」と数字の話までされたらしい。他の二人も程なくして調理メインで入るようになり、30代中途組の4人の中で現在も接客+洗い場メインなのは私だけになってしまった。

 まだ一ヶ月も経っていないなどと呑気に考える人も居るかもしれない。しかし私は違った。既に危機感すら覚えている。「いつかは成長できる」なんて思っていたらあっという間に3年半、何なら6年半も経過してしまうことは既に経験済みである。今度こそ失敗の歴史を繰り返してはならない。30代にもなって使えない平社員だと本当に居場所が無くなるし、居心地も悪くなる。

 ***

 そして昨日。ヘルプ出勤した店舗にて、恐れていた事態は起きてしまった。

「では調理に入って下さい」

 累計しても5~6時間ほどしか調理をしてこなかった私が、事情を何も知らない先輩アルバイトの指示により、終日調理メインで入ることになってしまったのだ。おそらく社員というだけで万能だと思い込んだのだろう。4月に入社したばかりであることすら伝わっていないのではないか。

 だがこれはチャンスでもある。たった一日、この場を乗り切れば少しは成長できるかもしれない。私は拒否しなかった。序盤では不明点を聞きまくり、ミスを連発し、ピーク時に手伝ってもらうなど迷惑もかけてしまったが、元々が客数の多くない店ということもあり、最終的には少しは落ち着いて出来るようになった。女子学生スタッフの前で堂々と恥をかいてしまったので悔しい思いのほうが強かったが、二、三歩ではあるが前進できた自分をまずは褒めたい。

『今後配属店でも少しずつ調理の時間を設けていただきたいです』

 店長にメールを送った。自ら提案するなんて前職では有り得なかったことだ。これ以上、同期との差を広げたくない。早く追いつきたい。自分だけ惨めな思いをしたくない。何より、アラフォーにもなって若いスタッフの前で恥をかきたくない。

「上手くなりたい……上手くなりたい……上手くなりたい……上手くなりたい……上手くなりたい上手くなりたい上手くなりたい! 上手くなりたい上手くなりたい上手くなりたい! ぅまくなりたい……上手くなりたい! 誰にも負けたくない……誰にも……誰にも!」


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