探偵物語①


人間40年以上も生きていれば貴賎の別なく1度や2億度、探偵を雇ったためしがあるだろう。
47年 人間をやっていた吾輩も例に洩れずだ。

あれは犬になる前、人間時代
吾輩は如何ともし難い離婚願望に駆り立てられていた。
詰まらぬ工場勤務。 機械に切削された心の屑を現金と引き換える。 更にそれが女の幸せへと掏替わっていった。

新築マンションを購入した時が夫婦仲のピークだった。 其処は直ぐに、帰ることが倦み果てる鳥籠になった。
やがて妻は「友達と飲みに行く」と言って朝帰りを繰り返す。
彼女への想いも興醒めていたので咎める事もなかった。 何なら留守にしてくれた方が、その安堵がリビングを羽ばたいて回ることができた。 冷蔵庫内のアルコールで心痛を分解する。

やがて吾輩はテラスから飛び立ち、もっと広やかで背の高い空を見たくなった。
そして離婚を願い出たが、彼女の答えは出し抜けに「NO」だった。
理由は直ぐに察した。 このマンション。自分は働かずとも金が入ってくるシステム。夫の存在など了承済みの不倫相手との週末。 彼女は其れ等の何1つ手放したくなかった。

吾輩は「君には恋人が居るのだし、これ以上一緒に暮らす意味はない」と主張した。
彼女は「は?バカじゃねぇの?証拠あんのかよ?出してみろよ」と言った。

結婚前「お前には勿体のない美人だ」と皆が口を揃えたその女性は、酷く卑しい顔をしていた。

そう。証拠だ。

ガストで探偵と待ち合わせた。
きっと松田優作が現れるに違いない。
想像すると逸るような気持ちになった。
やがて1人の男が顔を見せた。
松田優作というには小兵、雰囲気も漂わせてはいない。 浮気調査等を行う職業柄 オーラを出し過ぎるとマズいのかもしれない。

我々は合コンのように形式的な挨拶を交わした。 そして松田優作でないただの男は業務内容の説明を始めた。
「調査にはそれなりに費用が掛かります。それに浮気調査は1度で結果は出ません。不倫する方は周りを警戒しているので難しいです。確たる証拠を掴むまで複数回の尾行が必要になると思いますが料金はその都度発生します。それを覚悟の上でご契約をお願いします。」

吾輩の答えは「お願いします。」の一択だった。 その時には彼女と同じ部屋の空気を吸う事さえも耐えられなくなっていた。
数日後に彼女が真冬のように冷たく言った。「私、今週の土曜日飲みに行くから」
「行ってらっしゃい」 吾輩は雪解けのようなポップな口調で返答してしまった。

その時期から詰まらぬ工場へ通うモチベーションは失せていた。
出勤するフリをして家を出ると「風邪をひいた」「親戚に不幸があった」「インフルエンザにかかった」等と職場へ電話をしてネットカフェへ向かった。
店に入る前に探偵にも連絡を入れる。
「今週の土曜日、妻が飲みに行くそうです」

その日がやってきた。
誰かと頻繁にLINEをやり取りしていた妻が19時に家を出た。 探偵は既に家の近くで張込んでいる。
玄関の戸が閉まった瞬間、言われた通り探偵へ報告する。「今、妻が家を出ました」 もう彼女に聞こえる事はないのに何故か小声になった。
探偵も家を出たマルタイを確認済みだった。 その道20年以上のプロだ。

「何か進展があればまた電話します」と告げられ電話は切れた。
60秒経たぬうちに着信音が鳴った。「エントランスの目の前まで男性の車が迎えに来て奥さんが乗り込みましたよ。尾行します。いやいや、大胆ですねぇ。」

《続く》


P.S.
これは詩でもない、ブログでもない、もちろん文学だなんて大層なものでもない。所持金が111円になった野良犬の独り言、インターネットという電柱にかけるオシッコ。
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