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第95回 「地歴・公民科での図書教材の活用についてⅡ」(「公共」研究チーム)

 第95回は、「図書教材の活用について」お話しいただきました。報告者の先生は、読書活動を1年間ずっと教室での授業で取り組んでいくことはできないか、生徒に読書への興味・関心を持ってもらうにはどうしたらいいのか、卒業後も進路選択や生涯学習への橋渡しとして読書を紹介できないか、ということを以前から考えておられ、前任校で担当された科目「キャリア研究」で、公共の問いを意識して図書教材を活用した実践を行われたそうです。
 本の選定は、新聞の新刊広告や書評欄、出版社のHP、X(旧ツイッター)で学者の方が紹介しているもの、店頭などで出会った本、の中から自分の興味がメイン。しかし、授業を行ううち、生徒に読ませたい、読ませられる本も意識するようになり、本の選定もご自身の読書活動に入ってきたということでした。本を通して社会科学の面白さを実感してほしい、読み書きの力をつけてほしい、視野を広げてほしい、という思いをもたれており、扱う本は、既習事項の延長になるものや、既習事項と対立するものなど様々で、30分程度で読み切れて、著者の主張が伝わりやすい部分、議論が活発になる部分、思考が深まる部分をピックアップするなど工夫されています。必ずしもグループワークをしているわけではなく、テーマによっては自分で考えてまとめるのみで、次の時間に教員が生徒の意見を紹介することもあるそうです。その際は同時に逆の考え方や他の多くの見方も紹介するそうです。「自分の意見を出したあとも、引き続き考える癖をつける」というのが印象的でした。
 実践例も紹介していただきました。「テクノロジーは人を幸せにするのか」というテーマを設定し、映像教材や本を活用(『幸福な監視国家 中国』「街にあふれる排除アート」(神戸新聞)『人工知能に哲学を教えたら』)しながら、自由・幸福・住みよい社会・人間のあり方・正義について考えたそうです。その中で、ショックだったのが生徒が監視されることにあまりにも抵抗がなかったことで、モンキーセンターの猿や渋谷のスクランブル交差点のライブカメラを見せて、改めて考える機会をつくられていました。
 もう一つ。「自己責任論に転嫁される社会問題」をテーマに、『夜と霧』『いまこの国で大人になるということ』『教育論の新常識』などを紹介し、生きがいや格差社会、教育格差についても扱いました。「親ガチャ」が話題になって、社会問題が自己責任論に転嫁されていないか、社会が手を差し伸べる必要はないのかなど、格差の問題について、生徒にその意味を十分に読み解けるように注意されていたそうです。
 AIの自動運転、尊厳死・安楽死、出生前診断など生徒の関心が高い印象で、受験の面接で役立ったという感想もありました。社会課題を考えさせると、自分の生きにくさを課題にあげる生徒もいたり、外国人労働者の問題に気づいたり、これから自分がどう生きていくかを考えるきっかけになったようです。生徒の中には「多様性って言うけど自分が何を求めているかきちんと伝えないと受け入れられないのではないか」という意見もあり、そんなとき報告者の先生は、「生まれながらにしてもっている個性は説明できるものかな」「どう思いますか?」と引き続き思考を促すコメントを心がけているそうです。

― 先生方がおすすめする本 ―
◯高校図書館教職員が選ぶ生徒に読んでほしい本投票・・・ランキング1位『JK インドで常識ぶっ壊される』以下5位まで発表
◯研究会メンバーから募集した本・・・『世の中を知る、考える、変えていく』、『1984年』、『バカの壁』『何が投票率を高めるのか』『ナチスは「良いこと」もしたのか』『世界の食卓から社会が見える』など

― 質疑応答 ―
・多様性の問題について。多様性を認めることにモヤモヤしたり、どちらかというと批判的意見をする生徒に対して、生徒のコメントを論破したら多様性を認めないことになってしまいそうで「そうだね、言ってくれてありがとう」を一言目にしているが、その辺の葛藤はないのか。→各生徒との関係性で反対の意見を投げて生徒とともに議論を楽しむことはある。言うときはいうが、多くは「どう思う?」で終わる感じ。
・扱う図書教材や問いは面白いものばかりだが、授業に狙いが会ったのか、それとも生徒たちにある程度委ねていたのか。→様々な社会問題があってそれに悩み苦しんでいたり、悩みを表に出すことを躊躇する人もいる。問題を隠してしまうことが一番の社会問題。そんな問題が世の中にはいっぱいあることを知ってほしい。自分も生徒も本を読んで意見を交換するのは純粋に面白い。大学進学後に同様のことを求められても生徒たちは物怖じせずに取り組める。社会科学は面白いことに気づいてほしい。などが狙い。

― 議論 ―
・授業で扱うテーマを決めたら、それに関する書籍を数冊読んだり、論文を読んだり、地理的事象を探したりということやっているという具体的アドバイスがあった。
・社会問題を自分事として捉えることが求められるが、一歩間違えると自己責任論になってしまう。授業で扱う問題と自分がどう関係するのか考えさせるというイメージで自分事を扱っているという話が印象深い。
・本へのアプローチや活用が人によって違う。ちょっとずつパラパラ読む人、「東大のクールな地理」を使って授業をした人、立ち読みで高速で読んだり、辞書が好きで読んでる人、章立てや問いを持ちながら読む人など。
・本を読むスピードが遅くて本を教材化するのが苦手。授業で扱えるのは羨ましい。
・「先生の選んだ本には偏りがある」と生徒に言われたことがあるという意見に、一人の先生が扱えば偏るものではないか、この先生にはこのことが学べるということで、偏っていいのではないか、という話になった。
・小説が紹介されなかった。物語を入れると議論しやすいのではないか、という話になり、「小説はハリー・ポッターのシリーズしか読まない」という話になった。小学生の時から15年間読み続けて、今30周目ぐらいのシリーズ2。差別される妖精が解放運動をしようとするハーマイオニーに「僕たちは下僕でいたいからやめてくれ」というシーンなど社会問題を考える材料になる。ハリー・ポッターの世界には選挙がない。政府がウォルデモートに乗っ取られる。新聞も学校もウォルでモートの言いなりになる。そんな激ヤバな世界が描かれており、政治体制を考えることができる。文学の強みもある。
・本を読むのが社会科系教員の基本。自分が教えるための基盤を作っているのが本から身につけたものであることが多い。内容だったり、問いだったり、新たなものの見方だったり。それをみつけることによって何を教えたいか、どう教えたいか見えてくる。公共、日本史、地理などそれぞれで教科書の読み方も違うはず。そんな研究があってもいい。

参加者 16名

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