ダミー

「そうか。未知の鉱物か。検査の後、分析、月面基地に送ってくれ」
 と、田宮は言った。窓のそとの光景は、限りない星々が広がる空と、灰褐色の岩石と乳白色の地面が広がっていた。田宮は惑星調査員だった。方々の星々を回り、調査するという仕事を持ち、長い宇宙の旅をつづけていた。
「了解しました」
 田宮のダミーアンドロイドはそう答えた。真っ青な作業服の胸元には、「number2」とあった。この基地兼、宇宙船には他に、田宮と同じ外見をした四体のダミーアンドロイドと、多種多様なロボットやドローンが配備されていた。
 ナンバー2は、報告を終えて調査長室をでた。
 田宮は、机の上のホログラムを見た。妻と息子二人と映った写真が、立体的に、緑色の細微な粒子によって構成され、浮いていた。
「早く帰りたい。仕事とはいえ、思えば遠くまで来たものだ。一度、宇宙へでると八カ月は帰れない。もしかしたら、潮時なのかもしれないな」
 雨音が耳に入った。外はあっという間に靄(もや)に包まれ、暗雲が田宮の心にたちこめていた。収入は良いのだが、一年の三分の二が地球外では気が滅入る。それでも仕方ないと、気を取り直し、コーヒーを淹れた。
 その時。中央集会室から連絡が入った。ナンバー2だ。
「お話があります、中央集会室までいらしてください」
 何か不穏な雰囲気をかんじつつも、田宮は調査長室を出た。他のダミーアンドロイドも集合して、用件は何なのか。それは以外のものだった。
「何故あなたは、リーダーのような顔をして指図するのか」
 そう言ったのはナンバー3だった。ナンバー4、5は黙って話の動向を注視している。ナンバー2がさらに続ける。
「業務に支障があるわけではない。ですが、この寒々とした最果ての惑星で、ちょっとした不和でも争いになりかねないのです」
 田宮は狼狽え、ため息を吐いた。
「私は調査長だ。なんの問題がある。確かに、命令口調に冷たさがあるかもしれないが、他意はない」
「それでは困るんだ。ダミーアンドロイドとはいえ、感情はある。我々は同等の立場のはずだ」
 ナンバー4が言った。田宮はそれに返した。
「気に障ったなら謝る。ほら、みんな業務に戻ってくれないか」
「とにかく。我々はあなたをリーダーとしてではなく、いち同僚として扱いたいだけです。勝手な言動は慎んでほしいのです」
「考えておく」
 田宮はそう言ってその場を離れた。調査長室のドアをロックし、ベッドに横たわった。宙に浮かぶ家族写真のホログラムを見やり、虚空を眺めた。
 窓のそとの雨は強さを増している。不穏はかき消されず、むしろ、激しく煽るようで、居ても立っても居られず、再び中央集会室へ向かった。
 ドアの前で聞き耳をたてる。まだ四体はいるようだ。声が聞こえる。
『ここ一週間、ずっとあんな調子だ。何があったのだろう』
『分からない。月面基地に問い合わせても、梨のつぶて。こちらで対処しろ、ということだ』
『対処か。きっと、暴れるだろうな。何せ、自分をリーダーだと勘違いして、ふてぶてしい態度でいるからな』
『いずれにせよ、このままでは、何を言い出すか分かったものではない』
 足音が散っていくのを聞いて、田宮は足早に、音を立てないよう調査長室に戻った。
「もしかして、クーデターか。私を事故にでも見せかけて、殺そうとしているのかもしれない。ダミーアンドロイドとはいえ、ただの機械だ。故障でもして、そうだ。故障だ」
 田宮は通信機器を起動させ、月面基地に連絡を入れた。
「こちら調査船ハヤト、聞こえるか」
「聞こえますよ。定時報告は終わっています。用件はなんでしょうか」
「確定ではないが、どうやらこの船のダミーアンドロイドが私に反乱を起こしそうなんだ。リモートで彼らを、機能停止してくれないか」
「無理ですね。必要ありません。こちらからのモニタリングで、異常はありません。そもそも、何を言っているんです、、、」
 田宮は痺れをきらし、通信を切ってしまった。
「何故だ。冷たい反応だ、どうすればいい」
 その時。外から声が聞こえた。ナンバー2だ。
『開けてください。あなたは問題がある、解決しようじゃないか』
 田宮は拳銃を手にとり、ドアをロックして身構えた。
「断る。やられてたまるか!」

 静寂が廊下を支配していた。田宮が籠城して三十分が経過していた。
「仕方ない。蜘蛛ロボットを投入しよう」
 ナンバー2がそう言うと、ナンバー5が蜘蛛ロボットを通気口に放った。音もたてず、田宮の部屋に侵入した。頭上に落下し、頭蓋に絡みつき、電撃を流した。田宮は卒倒した。
 蜘蛛ロボットは、ドアのロックを解除、ナンバー3、4、5が田宮を回収し、独房に向って行った。
 ナンバー2は通信機器を起動させ、月面基地に連絡を入れる。
「捕らえました。今は意識を失い、独房で拘束しています」
「故障だろう。廃棄してくれ。至急、補充をよこす」
 田宮がそう言った。用件を終えて、通信をきり、さらに言った。
「トラブルは仕方ない。しかし、ダミーアンドロイド、便利な時代になったものだ。一人の人間で、大きなプロジェクトを進行できるのだから」
 

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