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『陰翳礼讃』への憧れと実現

自分の中のバイブルとしている本があるとすれば、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』である。初めての出会いは高校の教科書だった。教科書では一部抜粋されたもので、京都のわらんじやの料亭の話であった。教科書らしく「わらんじや」を「Wという料亭」とぼかして書いてあり、この時代の文章ににWという頭文字が出てくることの違和感が大きいことが第一印象だった。

本文中では、かなりの紙面を割いて、料亭の暗がりの中で料理を楽しんでいる描写があるが、私が好きなフレーズはここのシーンである。

「私は、吸い物椀を前にして、椀が微かに耳の奥へ沁むようにジイと鳴っている、あの遠い虫の音のようなおとを聴きつつこれから食べる物の味わいに思いをひそめる時、いつも自分が三昧境に惹き入れられるのを覚える。」

『陰翳礼讃 (角川ソフィア文庫)』谷崎 潤一郎著

ジイとなっている、視覚の情報がほとんどないために、聴覚が研ぎ澄まされ、その情景が描写されている。高校生ながら、こんな料理の楽しみ方があるのだと感銘を受けた。おそらく、豪勢な食事ではないのだろう。精進料理のような淡白な料理をこれほどまでに美味しそうに食べられるのかとハッとさせられた。

授業で受けたきり、しばらくは忘れていたのだが、大学受験に失敗し、浪人をしていた時、ふと本屋で文庫本と行き合った。高校の授業でのあの気づきが蘇ってきた。浪人していたということもあり、ちょっと意識高そうな本を選んでいたというのもある。勢いで文庫本を購入した。

本を読んでみると、教科書で読んだのは一部抜粋だったのだと気づく。本では、料亭での話のほか、建築、能についても言及があった。正直能については全くの門外漢なので、共感は出来なかった。建築の話については、なるほど、と納得できる話が多かった。私の祖母の家が昔ながらの日本家屋だったため、建築の話はすんなりと入ってきた。それと同時に、陰への憧れが芽生えた。自分も「陰翳礼讃」ができるようになりたいとそう思った。

思えば、浪人時代から、陰翳礼讃への憧れを持ち、今に至っている。当時や大学時代、社会人になってからも、陰翳礼讃に憧れつつも、実践することができていなかった。ようやく、昨年家を購入し、家に合うような家具なども揃え始めた。ここで始めなければ、いつまで経っても礼讃することはできないと思い、陰をどうやって作り出すか苦心してきた。家は買ったと言っても、中古マンションである。工夫できるところと言えば、家具の配置くらいである。ペンダントライトやデーブルライトを駆使して、過ごしやすい空間を作った。夜、お風呂から上がった後は、部屋全体を照らす、ダウンライトは消し、必要な場所に必要な光量の照明をつける。そうすることで、適度な暗さを作り出すことができ、現代版の「陰翳礼讃」が実現できたのではないかと思っている。

もし興味が湧いたら、本を手に取って読んでほしい。きっと現代にも通じるところがあると思う。リンクの本は、本の装丁が綺麗で文庫があるのに購入してしまった本である。写真に映る陰翳がとても綺麗なのでぜひ観てもらいたい。

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