見出し画像

私のすきなミニシアター、伏見ミリオン座の話

こんばんは、三上マナです。

私は映画館で映画を観ることが大好きなんですが、今回は好きになったきっかけとなる思い出について、書いてみたいと思います。

時は遡りまして。
社会に出て、私は最初にホテル業界に就職しました。
ホテルでのお仕事は、ものすごく忙しく、転勤で半年~1年に1回くらいのペースで引っ越しをしたりと、メンタル的にもフィジカル的にも激動の時代でした。ホテル業界を離れたいま振り返ってみると、大変でしたが稀有な経験を積んだと思います。
そして、映画館が好きになったきっかけも、あそこで働いていなかったら、もしかしてなかったんじゃないかなと思います。

ホテルに入社して最初の勤務地は、三重県でした。
ホテルの規模としては50室程と比較的小さく、スタッフもお客様も穏やかな人が多くて、新入社員にはのびのびと働きやすい職場でした。仕事を覚えるのに専念して、よく寝てよく食べよく働いていたと思います。
そんな環境に慣れてきた入社4か月後のある日、本社の人がきてこう言いました。

「来月から名古屋に異動です」

おお~。転勤が多い会社だとは聞いていたが、これほど早くやってくるとは…というのが最初の感想。
働き慣れ始めた環境を離れる寂しさはありつつも、いろんなところに行けるのは楽しそうだな、という軽い気持ちで…というか「まあなんとかなるだろう」という大層な高を括って、私は名古屋に移りました。

そこからがまあ大変。
名古屋、東海一の都市。当然ですが三重県よりずっと都会で、客層もまったく異なれば、ホテルの規模も200室越えと一気に4倍くらいに増えました。
日本語も英語もわからない中国からの団体客200人にジェスチャーで対応したり、夜勤の仮眠中に酔っぱらいのお客様から「生きていくのがつらい」と相談され朝まで話を聞いたり、古いホテルだったので設備の故障も多く、館内を駆け回ってお客様に謝り倒し、トイレや水道やボイラーをひたすら直しまくる日々。

三重での忙しさとはもう別次元でした。
最初はなんとかなると思っていた気持ちも、一か月くらい経つと見る見るしぼんで行きました。
上司や同僚はとても良い人たちでしたが、仕事ができる精鋭が揃っていたこともあって気後れしてしまったのもよくなかったのでしょう。周りへの相談もできず、もうこのまま全部投げ出して大阪に帰ってしまおうかと、仕事終わりに近鉄特急の切符売り場の前まで行っては踏みとどまる、みたいなことを何度か繰り返すところまで来ていました。

そんなある日。
夜勤明けにホテルから地下鉄の駅まで歩いていた道すがら、ある建物が目に留まりました。

それが、「伏見ミリオン座」です。

名古屋のケーブルテレビ、スターキャットさん直営のミニシアターです。2019年に今の住所に移転しましたが、当時は私の働いていたホテルの帰り道、地下鉄伏見駅から徒歩2分の立地にありました。毎日ミリオン座の建物の通りの近くを通っていたはずなのに、なんだか急に目の前に現れた感覚さえありました。

黒っぽい外観、外にはチェアがいくつか並んでいて、コーヒーの香りもしたので、最初は喫茶店なのかなと思ったほどです。
ふらっと誘われるように建物の前に立つと、今公開中の映画のポスターが4つほど並んでいました。普段テレビで宣伝されるようなタイトルはなく、見たことも聞いたこともない作品しかありません。それぞれ、いったいどんな話なんだろうと興味が湧いていく中で、ひときわ目を惹いた作品が、

天才スピヴェット」という作品でした。

チェリーピンクっぽい色で彩られたポスターには、なんだか物を言いたげな顔をした男の子が映っています。この子が主人公の話かな、と思っているところに、「『アメリ』ジャン=ピエール・ジュネ監督作」と印刷された文字が飛び込んできました。

「アメリ」、知ってる! 

アメリは、知る人ぞ知るフランス映画。パリのカフェで働く空想癖のある主人公アメリが、ふとしたきっかけから周りの人たちを幸せにする手助けをしながら、自分の幸せと向き合う話です。

日本でも「クレームブリュレ」ブームを巻き起こした人気作。私も大学生の時にたまたま見て、DVDも持っているほど好きな作品でした。
アメリ、好きだし…それを作った監督の作品ならもしかしたら…

観ちゃおう、かな!

夜勤明けで眠かったはずなのに、今日ここにあると知ったばかりの映画館で、予告も見たこともない、面白いかどうかもわからない映画を、観る。
その閃きは、あまりにも魅力的に思えて。衝動のまま、伏見ミリオン座の扉をくぐりました。
入り口を入ってすぐのところのチケットカウンターでチケットを買って(幸運にも上映20分くらい前でした)、併設されているカフェでなにか飲み物を買ったような気がします。
当時のミリオン座は自由席だったので、整理番号順にシアターへ入場して、真ん中よりちょっと右のほうだったかな、とにかく席について…まもなく上映が始まりました。

当時の映画チケット。11月15日

天才スピヴェット
あらすじ:主人公T・S・スピヴェットは、10歳にして類まれなる頭脳を持った科学の天才少年。モンタナ州のパイオニア山地の谷間で、カウボーイの父親、昆虫博士の母親、女優志望の姉と暮らしている。T・Sには双子の弟がいたが、不幸な事故で亡くなっており、その悲しみを引きずって家族の心はどこか離ればなれになっていた。
ある日T・Sは、スミソニアン博物館から、彼が応募した論文が賞を取ったので、授賞式にきてほしいとの連絡を受ける。
「自分のいるべき場所はここではないのかもしれない」そう思ったT・Sは、家族のだれにも告げず、たったひとりアメリカ大陸を横断する貨物列車に飛び乗る。


映画館は、しばしの現実を忘れて、非日常の物語を体験する場所だということを、あんなにもはっきりと体感したのは初めてでした。
「自分のいるべき場所はここではないのかもしれない」と悩むT・Sと相性が良かったのでしょう。上映2時間のあいだ、心を渦巻いていた悩みや不安は遠ざかり、私はアメリカ大陸を旅する孤独な少年と一緒に過ごしました。
チャーミングなT・Sとの旅はとても楽しくて、見終わった後は、観て本当によかったと思いました。ここに来てよかった。ここにいてよかった。
少しだけすっきりした気分のまま、私はミリオン座を後にしました。

それからの日々も、相変わらずホテルの忙しさは変わらず。でも、仕事帰りにミリオン座を覗く楽しみができたことで、少しだけ心の余裕が生まれました。しばらくしてスタッフの皆さんともとても打ち解けて、職場を離れた今でも、当時のメンバーで集まって同窓会を開くほどの仲です。

その後も、「チョコレートドーナツ」(トラヴィス・ファイン監督)、「グランド・ブダペスト・ホテル」(ウェス・アンダーソン監督※リバイバル上映)、「はじまりのうた」(ジョン・カーニー監督)、「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」(ジョン・ファブロー監督)などの名作をミリオン座で観ましたが、そのどれもが、私にとって大切な作品です。

私が名古屋に居られたのは、それから半年間だけだったのですが、新幹線に乗ってでもたまに行きたくなるほど伏見ミリオン座は私にとって特別なシアターです。
映画好きのスタッフさんが、館内の壁いっぱいに素敵なポップを作って飾ってくれるところも素敵だし、館内のカフェのメニューはどれも美味しいし、平成から令和の年越しイベント(ちょうど5月1日は私の誕生日でした)でバーフバリ2部作をマサラ上映してくれるテンションとか、最高です。

名古屋には、ミリオン座のほかにも、名古屋駅前のミッドランドスクエアシネマ、ミリオン座の姉妹館センチュリーシネマに、シネマート、シネマスコーレ、大須商店街の大須シネマなど、素敵な映画館がたくさんあります。
日常をしばらく離れる没入体験ができる場所、それが映画館の魅力の一つだと思うし、私もそんな映画館に救ってもらった一人です。

また伏見ミリオン座さんに行こうと思います。
いつも本当にありがとうございます。
また素敵な作品に出会うのが楽しみです。

ちなみに。

私の趣味に手書きの「日記」があるのですが、それも「天才スピヴェット」に出てくるヘレナ・ボナム・カーターさん演じるT・Sの母親クレア博士がつけていた分厚い日記帳にあこがれたのがきっかけで始めたものです。
そんな日記もいまや10冊目。ほぼ映画の鑑賞記録ですが、いやあ、続けていくものですね。

いままで観た映画館のチケットはぜんぶこの中に貼り付けてます。

この記事が参加している募集

転職体験記

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?