彼女のケース

いつの間にか時間だけが過ぎていた。

彼女の仕事っぷりは堅実で、
同僚たちも上司も、大きな信頼を寄せている。

その片方で
「お局様」
「仕事だけの女」
そういう中傷が呟かれているのも、知ってはいた。
けれど
彼女は無視していた。

全く気にならなかったと言えば
嘘になる。

しかし、仕事は面白かった。

役職がついて、
責任も重くなって、
給料もあがって。

貯金もできた。
これで、これから一人で生きていく基盤はできたと、彼女は思った。

しかし父親は、「仕事よりも、早くいい人を見つけて」と、
事あるごとに、言うのだった。

「女は、結婚して、子供を産んで、それが一番幸せなんだ」

いつの時代の話よと、彼女は反発していたけれど
父親の横で少し寂しそうに微笑む母親の顔を見ると、
いつも少し胸が痛むのだった。

彼女の父親が、倒れた。

いつも強く絶対的な存在だった父親が、倒れた。

母親は、驚くほど取り乱し、それが「事の重大さ」を彼女に突きつけた。

入院
手術

そして余命宣告。

いつの間にか
母親は、彼女にあらゆるシーンで
彼女に決断を、判断を、ゆだねるようになっていた。

その間も
父親は、「お前、誰かいい人いないのか?」と、彼女に問うのだった。

「誰かいたとしても、それがなんだっていうの。」

それから
まるで手折った花が萎れるようなスピードで、父親は弱っていった。

高齢で身体をこわせば、病院で亡くなる人が殆どだということは、
知っている。

父親は、病院の天井を見ながら

「・・・家に帰りたいなあ・・・・」

と言うのだった。

「一度自宅に帰ってはいけませんでしょうか」
そう問うと
担当の医者は、
「こんな状態ですから、何があってもおかしくない。無理ですよ。」
と言った。

父親が何度目かの「・・・家に帰りたいなあ・・・・」を呟いた時、
彼女は、決心した。

「おかあさん、お父さんを家に連れて帰ろう。」

母親は、涙の一杯溜まった目で頷いた。

それから自宅に帰るための色々な手配を、彼女は、夢中になってやった。

医者は最後まで反対して
「何があっても責任はとれない。
どうしてもというなら、病院側の責任は問わないという書類に
ハンコを押してくれ」と、言った。

その日が来て
自宅が見えた時

父親は、大きくため息とも安堵ともつかぬ息を吐いて言った。

「・・・・帰って、きたなあ・・・」

自宅にあつらえたベッドに横たわり
小さな小さな掠れた声で

「・・・・やっぱり、家は、いいなあ・・・」

何度も
そう、自分に確認するかのように呟いた。

手足が冷たくなっていた。

彼女が足をさすってやると
少し、温かさが戻ってくるような気がした。

母親が手をさすった。

母親と彼女
2人で、父親の手足をさすった。

すると
眠っていると思っていた父親の口が、動いたような気がした。

「おかあさん、お父さん、何か言ってるわ。」

「・・・・・・ぁ り が と ぅ・・・・」

最後の言葉だった。

「あーーやだやだ
もうあれから何年経ってるんだろう。

この話をすると
今でも泣けてきちゃってさ~~。」

彼女は照れたように、声のトーンをあげる。

「・・・それでもさあ、やっぱり、親不孝って奴なのかもね。
いまだに結婚どころか、な訳だからさ。

でも、ぶっちゃけ
一人だから動けた。
一人だから、決められたって部分もあるんだけどね。」

・・・そうだね
どちらにしても

あんた・・・頑張ったよ。

そういうと見る間に
彼女の目に涙が溢れる。

そして
少し怒ったような顔をして
彼女は珈琲を飲むのだ。


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凛々往く道

7年間の自宅介護で父を看取った私の日々。
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