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偏屈が仕事の邪魔をしてくる

仕事をしていて、わりと大きな会社だったり、名前の知られているようなところに勤めていたとしても、中の様々な事情って「全てが完璧に成り立っているなんてあり得ないもんなんだな」なんて思ったことがないだろうか?

僕はある。


わりと大きな建物で、その地域ではわりと名の知られたところに(とは言っても極めてローカルな)勤めていた事がある。

建物は綺麗だし、文句ないくらいに道具は揃っている。設備も最新の物が揃っていてしっかりしている。
しかしそんなところで働いていても、ちょっとくらいは不満とか、改善点なんてものが出てくるものだ。
お客さんもそれになんとなく気付いていて、こっそりそれを個人的に伝えてくれたり、もしくはクレームとしてこちらに伝わったりする。とってもありがたい。


建物の不満なんて言われたって仕方ないのだが、道具の使い方だったり、建物内でのルールに関してはそういう意見を聞いて改善していけばいい事だ。
もちろん個人個人の意見をひたすら聞いていってそれにひとつひとつ合わせることなんてできない。
わがままな意見はドブにでも捨てなくてはいけないと思うが、そういった改善点ひとつひとつを見直していくにあたって、「ここがもうちょっとしっかりしていればなぁ」なんて厄介思う点があるとしたら…。


それは「人間そのもの」である。


アルバイトを多く雇っているところには大学生などの若者は多くいるものだが、そんなようなアルバイターがたくさんいる場所だったとしても大学生などの若者が少ないと感じる場所には、大抵「厄介なおじさんおばさん」がいるんじゃないかと見ている。


実際、僕が働いているところにもそれはいて、特に模範的でないのにもかかわらずなぜかハバをきかしていて、偉そうな態度を取っているのだ。

「どこにでもいるよ、そういうひとはさ。」

などと言われて慰められるのだが、全く慰めにはならない。不快でしかたがない。


職場に一定数いる“アレ”っていったいどういう生態なんだろうか?非常に困る。

僕は社会人の中に溶け込んで生活するのも、わりと慣れてきた方なので、ちょっとだけ対処法を自分で編み出したりもしているのだが、あの種の方々には“まったく関わらない”のがいちばんいい。
自分のできることに精一杯になるのが、ストレスなく仕事をする唯一の方法なのだ。

僕の職場にいた“ソレら”は、会社の研修にも全く出なくて、会社の方針をほとんど無視した仕事ぶりだった。
それでいて、若い大学生とふたりきりで仕事になった時に、職場の他のひとの愚痴を言うだの、大学生にもっとがんばれだのと言われたと言っていた。
僕も一緒に仕事をさせてもらったのだが、「投げやりでテキトー、仕事できてなくても平気、乱暴な事を言う、ひと任せ」なんて具合だった。だから、僕はもう一緒に仕事はしたくないと上のひとに言いに行った。
一緒にちゃんと仕事をしているひとに失礼だと思うのだよ。


どこから出てくる自信なのかわからないし、どんな理由があってそのひと自身にその仕事場で必要とされている人間だと思うのだろうか?よくわからない。仕事ぶりは手本にならないくせに、態度だけはいちにんまえなんだな。



まぁ。そんなことは言い出すとキリがないが、それと同様に職場それぞれには、必ずキチンとしていないゆるい「穴が」あるものだ。
どんな大手の会社にも、良い人材が揃っている会社にも、それこそホワイトハウスにもあるんじゃないだろうか。その証拠に「24」では幾度も大統領が危機的状況に陥っている。(作り話なんだけどさ)


昔、職場の友人とそのことについて考えていたのだが、つまりは「キチンとした道具」だけあるような場所にでもお客さんは裏の事情など知らないでひょいひょい来てくれる。そういう状況があるのなら、「もっと良いシステムや良い人材」を揃えた場所だと、ちゃんとその良いところに気付いてくれるひとってちゃんといるんだろうなと、そう思ったのだ。


良いシステムに応えてくれるひとって必ずいるものなんだよ。

迷路を作ればみんな迷ってしまうだろうし、大きなゴミ箱みたいなシステムにしたらみんなゴミを捨てていくだろう。

だけど図書館とかカフェは違う。ゴミを捨てる場所でもないし、コーヒーを飲んでは静かに会話をしている。
そんな風な、“ルール通りに行動したくなるシステム”が大切なんだな。



夕日を見て元気だそう。




元気だすシステムだな、これからの僕は。

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