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職業選択における幼少期のリアリズム | 子供は意外と現実を見てるのかも

こんにちは。以前、学生さんとの懇親会にてスピーチを頼まれました。50名くらいの学部3年生とOB OGが出席するホテルでの立食パーティーです。ちなみにニューオータニではありません。笑

依頼元の先生とは気の置けない仲なので、堅苦しくする必要もなかったんですが、散々考えた挙句こんな内容を喋った記憶があります。

20歳くらいから人生を左右する選択が増える

大変恐縮です。

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憧れと現実

20歳くらいから選択が増えるのは確かにその通りだと思ってます。しかし、振り返ってみると『将来なりたいもの』選びは小学生くらいから始まっていた気がします。進路の方向性を無意識のうちに品定めしていたのかもしれません。

ウルトラマン、仮面ライダー、野球選手など憧れ要素が強いものだけでなく、子供ながらに現実的な視点職業に想いを馳せていた気がします。子供視点でのリアリズムとでも言うんでしょうか。

当然、両親を含めた育った環境に大きな影響を受けていることは否定できません。私の場合、やたらと国家公務員を勧められていた記憶があります。笑

何かを成し遂げたいという確固たる信念はないんですが、自分の好みに合う方向になんだかんだで進んできました。

そこでこのnoteでは、職業選択における幼少期のリアリズムと称して、幼いながらも意識していた職業に対する現実的な視点について振り返りたいと思います。

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好きなことは仕事にしたくない

『好きなことで生きていく』という言葉があります。うらやましい限りです。かく言うワタシも仕事が嫌いなわけではないんですが。笑

幼いころは絵が好きで、年がら年中描いていた記憶があります。父は美術の教員でしたので、当時の私の好きな『絵』に関わる仕事です。

しかし、父は仕事が大嫌いだったようで、会議をブッチしていつも早めに帰ってきていた記憶があります。当時はまだ珍しい、働き方改革を猛烈に推進していました。笑 その分、時間を趣味と家庭に充てる感じでしょうか。

そのためか、ワタシの中に『仕事と趣味は別』という考え方が居座っている気がしてなりません。ときどき『仕事が趣味』という方いらっしゃいますが、私にはよく理解できません。笑

幼いながらも、憧れに縛られる息苦しさ漠然と意識していたんでしょうか。

《まとめ》
趣味に生きる父の背中を見て育つ

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ちゃんと給料貰える仕事がいい

美術の教員の父に加えて、父方の祖父も油絵を描いていました。絵を教えたり個展も定期的に開いたりと退職後は絵画一本で生活していたようです。

母方の祖父も退職後は銅のフライパンを作って個展を開いていたようです。たまにローカルのメディアにも取り上げられており、ご近所ではちょっとした有名人だったんでしょうか。

俗に言う、美術一家だったのかもしれません。

しかしながら幼少期のワタシには『僕も絵描きになりたい』という信念は芽生えませんでした。

おそらく個展の対応に奔走する両親を横目に『絵だけで食うのは大変だな』という意識が刷り込まれたんだと思います。

絵画自体、生活必需品ではありません。したがって、一般的に飛ぶように売れることはありません。かけた労力の割に得られる報酬が少ないと、幼いながらも悟ったのかもしれません。

こんな意識もあってか、就活では単価が高い商材を扱う企業ばかりエントリーしてた記憶があります。笑

《まとめ》
属する業界で給料は決まる。本人の能力ではない

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さいごに

就職活動は嫌だった記憶があります。ただ喉元すぎると熱さは忘れます。笑 いろいろな企業を見れたのは良かった、というのが私の中での総括です。

私の次の就活はいつ頃になるんでしょうか。それではまた。

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