人魚の日

人魚の日
#砂糖酒  

 自分が人魚から生まれた人間だと知った時は相当驚いたものだが、特に生活に変わりはなかった。僕はもう成人して社会人になっており、一人暮らしで、ついでに彼女もいなかったからだ。親元を離れ自分で生計を立てている身としては、自分の親が実はどんなものであったとしたってそんなに関係なかった。これが、家族についてそれなりに打ち明けることが一種の誠実さの表れとして求められることもある恋人関係を持つ男の話だったら違ったかもしれない。あるいはそれに類するような親しい友人がいたならば。しかし俺はそうした人間を持たない。従って自分の親が人魚だろうか人魚じゃなかろうが、自分自身が人魚なのか人間なのかわからなかろうが大した問題ではなかった。現在、少なくとも人間として社会に受容され、僕は人間として生きている。
 起きる。冬なのでまだ日は差し込んでいない。それでも窓の外はほの明るく、カーテンをまくれば世界はひしめく薄灰色の輪郭で満たされていた。立地と住みやすさを重視したため東向きの窓からは朝の世界がよく見える。これだけ明るくてもまだ日の出前だ。あまりにも強大な太陽の光は、それがまだ地平線の下にあっても大気に反射して空を薄明るく、世界を薄灰色に照らしてみせる。そんな時間帯は夜とは違った静謐さをたたえていて、朝露の落ちるようなかすかな音だって、昼とは違って澄み切った空気が繊細に拾う。冬は少し気温が低すぎるきらいもあるけれど俺はこの時間が気に入っていた。
 長く使って少し潰れた枕はちょっと自分には低すぎ、寝起きなのに疲れたような首を回し、肩を回し、それを数度繰り返してから両手を組んで上へひとつ伸びをする。床へつけた足裏は両手を組んだ時の指先の冷たさと比にならないほどの冷覚刺激を受け付けられなくてすくみあがる。毎冬繰り返しても慣れない。
 そのまま、毎歩毎歩すくみ上がりながら洗面台へ移動して鏡を見る。平均的でさえない顔。絶世の不細工とか絶世の巨漢ではないが特に長のない平板さを描いたような、少し鼻が大きく寝癖のついた頭を抱えた男。まだ眠気から完全に覚め切らない頭で、何が人魚だよと思う。仮にそれが真実だったとしても人魚の遺伝子は僕へ何も影響していないようだ。人魚といえば、語り継がれる数々の民話や神話の中で人を惑わす美貌や美声をもって語られる存在ではないか。その肉を食べれば不老長寿だとどこぞ皇帝が追い求めたなんて話も聞く。しかし僕の肉を食っても不味そうなだけで、とても不老長寿を得られるとは考えられなかった。はあ、と馬鹿らしい考えを追い払うようにルーチンワークへ手を付ける。勢いよく流れ出る透明な水に手を差し込んで洗顔。隣に置いたタオルで粗雑に拭き取って洗濯機へ投げ捨て、朝食も取らずにワイヤーハンガーにかけて干していたままの襟付きシャツと黒いスーツへするすると袖を通す。綺麗に使ってはいるが取手と本体の連結部分が少し痛み出している通勤鞄を掴んで出勤。鍵よし、ガスよし、体調変わりなし、電車、変わりなく満員。両親は人魚。
 どうでもいいはずが、僕は人魚に捉われる。人魚が僕の意識に侵入し侵犯する。僕は人魚なんて考えたくない。僕は人魚なんて関係ない。僕は両親なんて関係ない。僕は僕なのだ。そうでしょう僕。そうだろ、俺。
 人熱で曇り濁った電車の窓はトンネルに入り僕を映す。僕は不完全な窓の鏡から目をそらし車内限定のくせに誰よりも近い距離にいる車内隣人の首後ろを見つめた。多分僕と同じく会社員で、僕より歳がいっていて、外気とは対照的なむし暑苦しさに汗で薄く湿った皮膚の毛穴は開いている。斜め後ろへ首を巡らす。若いと思しき女性社員がこちらを向き立っている。それなりにふくよかな胸が僕に押しつけられている。そのまま目線を上にあげる。朝から既に剥がれかけた下手な厚塗りのファンデーションで武装した顔というキャンバスについた、わざとらしく長い睫毛で囲まれた二つの目が僕を睨んでいる。僕は慌ててまた目をそらし、仕方なくはじめのポジションへ目線を落ち着ける。硝子が映しだす、僕という人間の顔。次の駅にはまだつかない。電車は暗いトンネルを抜けない。会社まであと四十分弱、乗り換えを挟みながら僕はこの空間に拘束される。起床から、身仕度、通勤がルーチンなら仕事内容もルーチンで、帰宅は朝の手順を逆から辿るだけ。どうしようもなく代わり映えのない日々は、乗ったが最後、次の駅にいつまでもくことのない満員電車に延々と乗車し続けているような気分。最もそんな妄想は嘘で、会社からはまだ遠いものの車体はほどなくして明るいホームへ滑り込む。乗り換えを。
 乗り換えを。

 今日を進む時間の矢印の上を、実家への訪問に乗り換えて僕は進むことにする。簡単だ、電話一本済ませればいいのだ。人手がどうのとか、そんなん知るか。僕がいなくたってどうにかなるだろ。それは僕が取り替え可能な一パーツであるというちょっと認めたくないような絶対的事実から生まれるプラスの側面だ。責任感の強い人間はこの事実をあまり見ようとしないが、これは往往にして彼らが自身の取り替え可能性を認めたくないがために責任へ固執しているように見える。もちろん、そういう人が全てだとは思ってないけれどね。とにかく、僕はそういった責任感を適度に放棄した存在なので、この僕をちょっと軽くしてくれる都合の良い事実にわずかな心寒さと共に感謝を申し上げて、新幹線のチケットを取った。
 僕の実家は離島にある。といっても本州のどの県より広いし、この国のどの離島より大きい。昔は新幹線ではいけなかったらしいが他国に遅れをとることを恐れた政府が莫大な資金を投じて豊洲から直通の海底新幹線を敷いたという。現在、一つにつながった本州にこの国のあらゆる機能が集約されていて、他の国土は全て島に改称された。僕の実家がある北海島もその面積の割に鉄道網が未発達なことから本州から外された。当時は相当議論が紛糾したらしいが、今後元の名称に戻ることはないだろう。なにせ、機能の集約は交通の無駄を大きく省く新型都市として今や世界の国家の主流だし、それに乗じて打ち捨てられた全国の廃墟を撤去するのにだって馬鹿にならない労力を要する。ただ駅の名称はその歴史を残し北海道のままだ。北海道行き、のアナウンスが数度流れて発車。ものの2時間もすれば着いている。

 そういえば一度、まだ太陽が地平線を超えていないのに夜の闇が薄まるのはどうしてだろうと考えて調べたことがある。調べたから、大気に反射して光が届くのだと知っているのだけれど、海の底から海面を見上げていたら検索時一緒に出てきた言葉をふと思い出したのだ。それは市民薄明と天文薄明という単語だった。あの日の出前の時間をそもそも薄明と呼ぶとその時初めて知った。まさに繊細でやわらかなあの時刻を表すのにぴったりな、美しくもどこかベールのかかったような言葉だ。その薄明は、市民薄明と天文薄明に種類が分かれる。市民薄明は人が活動するのに差し障りのないくらい明るい薄明を指し、日の出前三十分ほど。天文薄明は星の灯りが見えなくなるくらいに空が白むことで、日の出前一時間半ほどだという。
 それを知った時、何言ってんだろうな、と思った。夜だって煌々と灯り続ける人間の灯りで、どんなに見上げ、目を凝らしたって星なんて見えやしないじゃないか。都会の夜はいつだって天文薄明で、つまるところ純粋で純潔な夜なんてとっくにどこかへ消え去ってしまっているじゃないか。僕はそんな夜を知らないのだ。暗い暗い暗かったはずのこの深海まで、今や新幹線の灯りが辺りを照らし出す。敷設されて数年は、深海を自分の目で見てみたいという者たちで溢れた。でもその時も思ったものだ。そんなものは見たくない。僕はただ、人が無理やり切り開いて照らしたような紛い物ではなくて、本物の深海や本物の夜を見てみたいのに、と。
 一通りどうでもいいことを考えたところで思考のネタがなくなってしまって、僕はようやく実家で何を話そう、と気の重い課題に着手する。その時だった。新幹線の灯りが全て落ち、ゆるやかに減速してゆくのが感じられた。停電? 事故? 車体は完全に停止する。しかし僕はそのことよりも、一緒に乗っていたはずの客が誰一人として騒がないことに戸惑う。そんなできた人間ばかりの国ではなかったはずだ。いくら平日昼間の新幹線に乗るような人が暇を持て余した少数の大人か出張や喪の者くらいしかいないとしても、一切のざわめきや動揺からくる衣擦れの音、窓の開閉音、携帯端末画面の明かりさえ点らないのはどういうことなのか。
 車内アナウンスのメロディが流れる。月の光。ドビュッシー? そんな洒落たものだったっけ。僕一人が混乱する。
 そこへ車外から銀の細い光がいく筋か僕のスーツのままの黒い膝の上へ落ち点となる。透明な硝子の向こうには海が、海の中には銀粉のようなものが月光にきらめきつつ舞っている。月光なんて届かないはずのこの海の底で、でもそれは月光としか思えないような色温度で。美しい女性がその中をのびのびと体の全てを使って銀粉とともに舞っている。舞うように見えたのはしかし、泳いでいたようでこちらへ近づいてくる。僕はそのままするりと海の中へ抜け出した。
 抱きしめられた僕はそのまま動けなくなる。おかえり、と声が聞こえた気がして、ただいまと呟く。言葉は泡になって消える。ただいまを含んだ気泡は、ただ高く高く地表へ向かって上り詰めていく。新幹線はいつの間にかもうそこにいない。レールもない。ただ美しい母親だけが僕を優しく抱きしめる。しかし僕は、僕は、人間なのだ。

 思い出せば、母親が人魚だということを、僕は大昔から知っていた。しかし一度たりとも学校のクラスメイトにも教師にも、大学の友人や会社の同僚にだってそれを明かすことはなかった。幼い頃は、母親が人魚というのが通常ありえないことで、おかしなことなのだという確信さえ持てずにいたのだった。確信の持てないままに、僕は世の中とのズレはなんとなく感じていたから、ただ狭苦しい教室の世界から異端として排除されないようにとだけ考えて必死でそれを隠し続けたのだった。だから、自分の状況が普通の人間と違うのだと本当に知るのが遅くなった。僕は魚を食べることを禁止されていたし、あらゆる休みの時間、休みの日は母親と一緒に海を泳ぐことしか許されなかった。満月の夜は体のためと言って一晩外で月の光を浴びていなければいけない。どんなに寒い冬の日だったとしてもだ。君は月夜に外へ追い出されますか、なんて一体誰に聞けるだろう。聞いたが最後、噂は尾ひれをつけて活き活きと泳ぎまわり巨大化し、勘の良い者は僕が異端だと嗅ぎつけてしまうかもしれない! そうなったら御仕舞いだ。もう二度と人間の世界に受け入れてなんてもらえなくなってしまう。ひたすら海へ潜る日々だけ続いて妙に泳ぎだけ上手くなったけれど、僕は水泳部に入ることも許されなかった。多分、僕に友人ができるのが嫌だったのだ。母親は寂しい人だったから。でも母さん、僕は、人間なんだよ。だって父さんが、人間だから。
 母親は僕を抱き締めたまま語りかける。
 「父さんとなんか結婚するんじゃなかったわ」
 「人間とのハーフが人魚になるには、幼い頃から厳しい訓練を積まなければならないの。私はあなたが人魚と人間のどちらの道も選べるようにと思ったのよ」
 「でもあなたにはあまり人魚の才能がなかった。父さんの遺伝子のせいね。それでも私の遺伝子でどうにかなると思ったけど駄目だったわ」
 僕は海に揺れながら、沈黙を挟みつつ発される人魚の言葉たちをただ聞き続けた。聞き飽きた内容だった。周囲の多くの人間に馴染めない苦痛をいくら語っても理解されずただただ海と向かい合わされ続ける日々と、散々繰り返される父親への悪口雑言、自己弁護的な文章の羅列に耐えられなくなって、僕は北海島を飛び出したのだ。そのまま十年以上も帰らず、人間に帰化しようとし続けた結果として自らの出自をすっかりと忘れ去り、無きものにしようとして。父が死んだという便りを受け取って、僕は極めて久しぶりにそれを思い出してしまったのだった。
 母親が黙るまで口を開かないのは鉄則だった。下手に口を挟めば余計お小言が長くなるだけなのだ。だから全てを聞き流して了解したふりをして、せめて反論はせず、ただ必要事項だけを伝える。父さんは?
 しかし僕の声は届かない。僕の声は全て泡になって消えてしまうから。地上にいた時から言葉は届かなかったけれど。
 それでも口の動きで伝わったのか、母さんは僕に手紙を渡した。手紙はこういう事態を想定でもしていたのか、紙ではなくビニール製の半透明なシートに油性ペンで綴られており、月に透かすと重なった文字が見てとれた。僕は手紙を開く。
 母親は僕に秘密を許さなかった。そのことも今思い出した。「流石にあんたも大人だし開いてなかったけど、ねえ、なんて書いてあるのよ、見せて。いいじゃない。」って後ろから覗き込もうとする。僕は嫌がって手紙を読みながら向きや体勢を様々に変えて逃げ回る。水中に戯れる親子が二人。僕らの遊戯はいつもこんな形でしかなされない。二人だけの世界、二人だけの親子だなんて! 僕はいつしか嫌がることを楽しむようになったのだ。そう、今のように。これは母親との昔懐かしき遊戯……………………違う!
 僕は最後まで人魚から逃げ切り、手紙を読ませることを許さず、読み終えてすぐ封筒にしまい直してスーツの内ポケットに入れてしまった。それでもなお迫ってきながら「読ませなきゃ遺産残してやらないわよ」と珍妙な脅しをする。そんなものでまだ僕に言うことを聞かせられると思ってるなんて。いつまでたっても僕は子供なんだなあ。ねえ、母さんはあんなにお金を嫌って父さんと揉めたのに僕のことはお金で釣れると思ってるのかい? それとも、そうでもしないと僕がどこかに行ってしまうとなりふり構わないのかな。いつもそうだ。まるで子供のよう。僕は母親が可愛く見えて、追いすがる人魚へ向き直って僕の方から水中で強く抱き締めた。人魚の体は硬直して、そして僕を突き飛ばす。人魚はダンゴムシのように体をくるりと丸めて震わせた。泣いてるようだった。それでも僕はもうかなしい人魚を見なかった。母さん、僕は別に、母さんのこと嫌いじゃないし、今の自分を好きになれたから母さんを恨んでもいないんだよ。本当なんだ。でも母さんの望むようには生きられないよ。僕は母さんじゃないから。
 僕は母さんにそれを伝えたかったけれど、僕の言葉は泡沫になって消えていってしまって、これまでもこれからだって、母さんに届きはしない。

 帰りの電車を待つ時間は恐らく数時間だったと思う。帰路が存在しないことを恐れたものの、探し回ったあげくに見つけた深海トンネルに腰掛けていたらある瞬間体が落下し、トンネルと車体をあっさりとすり抜けて、往復で取っていた新幹線乗車券の帰りの方の指定座席に座っていた。もう外には何も見えない。人魚も、銀粉も、月の光もない。
 僕はスーツ下のビニール製の手紙に指を滑らせる。寡黙でほとんど話さなかった父さんから死後になってやっと受け取った長い言葉。その最後はこう締めくくられていた。
 「母さんはお前に自由を許さなかったが、親というのは自分の知っている一番良いものを子供に与えようとする。だから同じ生き方を強いることもある。母さんにとっては海の世界が最も素晴らしく、そこで生きられる人魚になる術を教えるのが、母さんがお前にしてやれる一番良いことだったんだ。だから父さんは母さんを止めなかった。そして父さんがお前にできる最良のことは母さんと違ったやり方で厳しくすることだけだった。父さんも母さんもお前を愛していたんだ。だから母さんを憎まないでくれ。親不孝者」
 遺言の最後に親不孝者と言いすてるなんて、僕は父親に随分嫌われたものである。恨んでるのは父さんの方じゃないかと言いたくなる。あれだけ母親に貶されて、よく遺言の最後でまで母親のことを考えられるなと思う。どんなに読んでもこの手紙は父親自身についてほとんど語っていなかった。父親は人魚にその一生を捧げたような人だった。無骨で堅苦しく厳格で話の通じなかった父親は、しかしその印象に反して幻想を誰より好んだ人なのかもしれない。誰よりも人魚と家族という二つの幻想に囚われ、追い続け、結局手にできないまま死んだのだ。僕はなぜか涙が止まらない。

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