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SS【生きそびれ】#シロクマ文芸部

お題「ヒマワリへ」から始まる物語。

【生きそびれ】(1424文字)

ヒマワリへ…おじさん…

耳元でいきなり子どもの声がして、俺は目を覚ました。目の前には兄妹と思しき小さな男の子と女の子。二人とも麦わら帽子をきっちり水平にかぶり、男の子は白のランニングに青い半ズボン。女の子は白い半そでブラウスに赤いスカート。なんだか昔の平凡な子どもを絵に描いたようなファッションだ。そして二人とも日焼けして薄汚れ、男の子は随分古い型の丸い水筒を斜め掛けしている。まったく絵に描いたような…

…ねぇ、おじさん。

俺が寝起きの頭でボウッと見ていると、男の子が生真面目な表情で再び声をかける。

…ああ?なんだって?ヒマワリへ?向日葵がどこに咲いてるかって?

商店街のベンチでうつらうつらしている失業中の小汚いオッサンを起こしてまで向日葵の咲いている場所なんて聞くなよ。俺はそう思ったが、男の子は首を横に振った。

…ちがうよ。向日葵ならそこに咲いてる。

男の子は、斜め後ろを指さした。たしかに、ひょろっとした向日葵が一本、植木鉢に植えられている。しかし水が足りないのかションボリとうなだれているので向日葵らしくはない。

…向日葵じゃないってぇと?なんなんだい、おまえのヒマワリって。

男の子は初めて表情を崩したが笑顔ではなく渋面だ。女の子が口を開いた。

…おじさんも、ヒマワリかなって…。
…うん、だからさ、そのヒマワリってなんなんだよ。

女の子は男の子の方をチラリと見た。おうかがいを立てるみたいに。男の子は渋面のままだ。

…ヒマワリはね…時間が回ってるの。

『時間が回ってる』だって…?俺の頭の中でなにかがうごめいた。俺が口を開こうとした時、男の子が女の子の手を引っ張って言った。

…ちがう。この人は止まってるだけだ。日回りじゃない。

その時、俺はカタカナではなく、はっきりと漢字で『日回り』と聞こえた。日回り…?俺は何かを思い出しそうになったが、言葉にできないまま口を開けて二人を見ていた。そんな俺を見て、彼らは黙って傍らを通り過ぎて行った。振り返った時にはもう二人の姿はなかった。

少しずつ頭がはっきりしてきて、ようやく俺は昔じいちゃんに聞いた話を思い出した。

…この世には『日回り』ってのがあってな、そこではただ時間が回っとるんじゃ。そこにはなぁ、生きそびれ、逝きそびれた者たちがいるんじゃよ。
わしは戦後間もない頃、一度だけそこの者に会うたことがある。小さな兄妹じゃったなぁ。復員したが当てもなくボンヤリしとったわしに『おじさんはヒマワリか』言うて。
ちがう、わしゃこれから生きるんじゃ、ヒマワリはお断りじゃ言うたら、怒った顔してどこかに行ってしもうた…。
あの子らは戦争で生きそびれたのか逝きそびれたのか…、かわいそうなもんじゃ。今もただぐるぐる回っとるんじゃろう…。それからわしは仕事を探し、自分で言うた通り生き始めたんじゃ。
おまえも、しっかりせんと『日回り』行きじゃぞ。

じいちゃんは最後にそう言ったのだ。
…おまえも、しっかりせんと『日回り』行きじゃぞ。

あいつも言ってやがったな。
…この人は止まってるだけだ。日回りじゃない。

ちぇ、余計なお世話だ。
俺はまだ『日回り』じゃねぇぞ。止まってもいねぇ。
俺はえいやっと立ち上がると、うなだれた向日葵のところに行き、持っていたペットボトルを逆さに向けて、中の水を向日葵の根元に注いでやった。こいつが生きそびれないように。

しかし向日葵に注ぐうちに、その水は俺自身をも潤していった。
生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、と言うかのように。

おわり

(2023/8/26 作)

小牧幸助さんの『シロクマ文芸部』イベントに参加させていただきました。
きれいな詩のようなものが書けたらいいなぁ…☆と思って書き始めたのに、なんじゃこれ(;・∀・) …創作ってそういうものですね…。

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