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SS【手のひら】#青ブラ文学部

山根あきらさんの企画「手のひらの恋」に参加させていただきます☆

お題「手のひらの恋」

【手のひら】(743文字)


ほんとうに大切なものは、手のひらで包めるものよ。
大すきだったおばあちゃんが言い残したことば。
それってなに……?
そう聞き返したけど、おばあちゃんはそのまま目を閉じた。
そして二度と目を開かなかった。

おばあちゃんの言葉を聞いたのはわたしだけ。
なにか言い残さなかったか?
親戚の人たちから何度も聞かれたけど、わたしは首を振った。
遺産のことは、なにも聞いてません。
そう言うと、みんな丸めた紙くずみたいな顔になった。
おばあちゃんは、みんなが埋もれてしまうほどの財産を残したらしい。
それをどうやって分けるのか。
わたしは小さな家とすこしのお金をもらった。
それきり、みんなはわたしのことを忘れ、わたしも彼らのことは忘れた。

みんなが遺産に夢中になっている時、わたしはずっと考えていた。
手のひらで包める……ほんとうに大切なものについて。
それはきっとお金じゃない。
おばあちゃんがお金持ちだなんて、知らなかった。
わたしたちはずっと、つましい暮らしを楽しんでいた。

ひとりになったわたしは野菜スープをコトコト煮た。
いつもおばあちゃんが作っていたスープ。
鍋いっぱいに作ればしばらく食べられる。
できあがったスープをおばあちゃんの椀によそう。
両手のひらで包み込む。
なつかしい匂いがして視界がかすむ。
ひょっとして、これかしら。
手のひらで包める大切なもの。
わたしは椀からじかにスープを飲んだ。
おなかがじんわりと温まる。
病気の時、おばあちゃんが手を当ててくれた時みたいに。

おばあちゃんの手のひらが恋しい。
でもおばあちゃんはもういない……。

そうだ、いつか誰かにこのスープを作ってあげよう。
わたしに恋しく想う人ができたら。
そう思ったら、わたしの胸はじんわりと温かくなった。
おばあちゃんが、わたしの頬を手のひらで包んでくれた時みたいに。



おわり


© 2024/3/28 ikue.m


…恋のはなしにならなんだ……(;・∀・)

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