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3月24日は、人力車発祥の日&徳川家康が征夷大将軍に就任&世界結核デー&おもてなしの日/ホスピタリティ・デー&壇ノ浦の戦い

【人力車発祥の日】

明治3年3月24日(新暦1870年4月24日)に、人力車の営業許可が下り、東京・日本橋で人力車の営業が開始されたことにちなんで、上記営業を開始し、現在も人力車による営業活動を展開している「くるま屋日本橋」が記念日に制定しています。

西洋の馬車をモデルに、元福岡県藩士ら3人が、馬を人に置き換えたスタイルを考案したとされる人力車は、登場から多くの注目と人気を集めました。

その人気から様々な会社が人力車の営業を行い、約2年後の明治5年には、東京都内だけでも1万1,000台以上もの人力車が稼働するなど、新たな日本の代名詞的存在となっていき、当時の外国人からは、ハラキリ、ゲイシャ、リキシャ(人力車)が、日本を表現する言葉として流行っていました。


【徳川家康が征夷大将軍に就任】

天下分け目の戦いとされる「関が原の戦い」で、石田三成軍に勝利し、豊臣秀吉の後継となった徳川家康が、1603年3月24日(旧暦:慶長8年2月12日)、征夷大将軍に就任しました。

これにより、正式に江戸幕府が開かれ、日本史上、江戸時代の始まりとされています。

《余談》
徳川家康自身は、征夷大将軍の職を約2年ほどで息子の徳川秀忠に譲っていて、大御所として駿河(現:静岡県中部)で権勢は誇っていたものの、将軍在任期間としては、歴代15人の中で2番目に短い任期でした。


【世界結核デー】

1882(明治15)年3月24日に、ロベルト・コッホ博士が結核菌を発見したことにちなんで、WHO(世界保健機関)が国際デーとして記念日に制定しています。

国際表記:World Tuberculosis Day

先進国などでは、結核による死者は激減しているものの、未だ猛威を振るう地域もあることから、結核の撲滅を目指した協力を、世界的に呼びかけるための運動が、各地で行われています。 日本では、例年9月24日~30日を独自に「結核予防週間」として設けていて、国内で結核撲滅に関するイベントなどが開催されています。


【おもてなしの日/ホスピタリティ・デー】

数理学的に、
「3」新しいものを創り出すエネルギー、創造、自己表現
「2」調和とバランス、思いやり、理解力、協力、人間関係の象徴
「4」全体をつくりあげる基礎を表わす数
と考えられていて、
3、2、4の各数字には、ホスピタリティと関連性の高い要素が多く含まれているとの解釈から、日本ホスピタリティ協会が3月24日に記念日を制定しています。

思いやりや、おもてなし精神の意味を持つホスピタリティの (本質的)理解と実践を促すことが提唱されています。

「おもてなし」は、モノを持って成し遂げるが語源とされていますが、モノは、具体的なモノ:物体、抽象的なモノ:精神性の2つを指しています。

日本では、相手を思う精神性のおもてなしが具現化されたモノや内容が、古来より育まれていて、おもてなし精神の代表格とされる千利休をはじめとしたおもてなし精神は、時代が移る中でも受け継がれています。


【壇ノ浦の戦い】

寿永4年3月24日(新暦1185年4月25日)、現:山口県下関市周辺の壇ノ浦で、平家源氏の最後の戦いである「壇ノ浦の戦い」が起こりました。

壇ノ浦の戦いは、それまでの約6年に渡って繰り広げられた平家と源氏の権力争い「治承・寿永の乱」の最後の戦いと位置づけられていて、日本史史上、最大規模の海戦のひとつに数えられています。

戦いの序盤は平家側が優勢だったものの、波風や潮流の変化などもあり、徐々に源氏が優勢に。

最終的には、八艘飛びの伝承が残る源義経らの活躍もあって、戦いは源氏側が勝利を収めます。

平家側に身を置いていた安徳天皇と二位尼(=平時子)は三種の神器と共に入水し、総大将だった平宗盛も捕らえらたことから、平家滅亡を決定づける戦いとしても歴史に刻まれています。

《三種の神器》
天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)
八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)
八咫鏡(やたのかがみ)

潮流急変説への異論、安徳天皇と平家の生存説など、戦の過程や事後の動向に関しては、多くの伝承が残っているものの、正確な史記・史料が少ない(見つかっていない)ことから、今なお歴史家の間でも、戦いの過程や結果に関する論議が分かれるテーマのひとつとされています。

そして、この日は、旧暦の日付けのまま、「壇ノ浦の戦いの日」として、記念日のひとつに制定されています。

(以上、ネット検索より)

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