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あそこのあのこ

本棚を買った。現品限りで4500円。組み立て済みの代物だった。

店員に「これください」と頼み込む。
「ただいまご用意いたしますのでそちらでお待ちください」と言われて、近くのソファに座った。

なんとなく、サービスカウンターに目をやる。そこでは新人研修が行われていた。先輩店員が新人にレジ操作を教える、ごく普通の研修だ。
「私もそんな時代があったなぁ」と微笑ましく見ていた。でも、既視感があったのはそれだけじゃなかった。

研修担当の先輩店員、よーく見たら知ってる顔じゃん…


同級生だった。

といっても、面識はぶっちゃけあまりない。一緒のクラスになることはなかったため話したことはないが、友達の多くがその子と面識があったので存在自体は知っていた。

彼女はネタのぶちまけ方をよく分かっている子だった。例えば、修学旅行の夜にホテルの廊下で某ハムスターのモノマネをしながら部屋に戻ったり地理のテストでヘキサゴン級の珍回答を書いたりしていた。
どちらかというと陽キャの子だったし、話す機会もなかったんだけど、もし同じクラスになっていれば友達になっていたんだろうな…という子でもあった。

そんな彼女が今、サービスカウンターで新人教育をしている。『研修中』の名札を付けた新人相手に、丁寧で優しく、論理的に、仕事を説明している姿を見てしまった。
あの子の真剣な顔つき―仕事中だからそうなるんだけど、なんというか、すごく凛々しく頼りになって、とても美しかった。

懐かしい顔に見入っていたら、彼女が一瞬チラリとこちらを見た。
私は小っ恥ずかしくなって思わず視線を逸らす。変に落ち着かなくなって、近くのスキンケアコーナーを物色してやり過ごしていると―

「あっ、すいません」

さっきの店員だった。本棚の準備が整ったようで、いつでも車に運べるそうだ。その最終工程として、本棚を積んだ台車の最終チェックに取り掛かる。

と、そこへ―

「お客様!」

同級生が私に声を掛けた。

「こちらのお荷物、梱包が難しくてお車の詰め込み作業が不可になってしまうのですが…」

本棚は組み立て済みのため梱包するのが難しく、車の詰め込み作業の手伝いは原則不可なのだそうだ。それくらい自分でやろうと思ったので「いいです。ありがとうございます」と返した。
同級生は「申し訳ございません」と言って、カウンターの中に戻っていった。

多分彼女は、私のことを覚えていない。でも、それでいいのだ。
彼女は彼女の人生があるし、それを私が干渉する道理はない。

組み立て済みの本棚を車の後ろに詰め込み、エンジンを吹かす。
今日の市内は一段と車の行き来が激しかった。

この記事はニャークスのヤマダさん主宰企画「#文字でスケッチ」参加作品です。


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