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【短編小説】ケのおんがくたい

1

あるはれたひのいなかみち。

「とっととあるかねえか、こいつめ」
むちでたたかれたろばのおしりから、ふゆげのかたまりがごっそりとぬけおちました。

かいぬしにつれられ、さってゆくろばのせにむかい、じめんにのこされたろばげがこえをかけます。
「さよなら、わたしのやどぬし。そのかいぬしはろくなやつじゃないから、はやくわたしみたいにぬけだしたほうがいいわよ」

こうしてじゆうになったろばげはまず、まえからいってみたかったブレーメンのまちへとむかうことにしました。ろばげはおんがくがだいすきでした。とかいにいけばおんがくたいにはいれるかもしれない。ゆめみることはじゆうです。

ろばげはまちをめざします。
いいかぜがふけばまるまってころがり、ぎゃくのときにはじめんにふせる。じかんのかかるほうほうですが、さいわいじかんはたっぷりあります。

そうやってみちばたをころがっていたろばげに、なにやらぶつかるものがあります。うずくまったしろいいぬげのかたまりでした。
「あなたはどうしてこんなところでしおたれてるの?」
「いきなりふかいじじょうをきくんじゃないよ」
「あらそう。じゃあね」
「いっちまうのかよっ!」
めんどくさそうなやつでしたが、ろばげもひとりでころがるのにあきてきたところでしたので、さそっていっしょにまちまでいくことにしました。

「クワヤッ、ケッ!」
へいのわきでやすんでいたふたりのうえから、おかしなこえとともにきいろいけだまがふってきました。
ねこがはきだしたねこげです。
「なにそれ。おもしろそう! あたしもいっしょにいく」
ろばげのはなしをきいたねこげはすぐになかまになりました。ふかくかんがえないタイプのようです。

「もし……もし……」
きのねのまたにできたふきだまりからきこえるかぼそいこえ。それにはじめてきがついたのは、いぬげでした。
よくみると、くろいこなのようなものがおちています。
「おめえ、いったいなんなんだ?」
「ひとげです。はえてすぐさま『むだだ』といわれ、けずられすてられここにいます。たのしそうなみなさんをみてついおこえを……」
「いっしょにくるか?」
「ぼくなんかがおやくにたてるかどうか……」
「ああ、まだるっこしい。きてえのか? きたくねえのか」
「ぼくは……、いきたい!」

こうしてさんびきとひとりになった、けのおんがくたい。こなじょうのひとげは、さそったせきにんじょういぬげがからめてはこびます。

2

ゆうがたになりました。
きょうじゅうにまちにつくのは、どうやらむりだったようです。
「よるはあめになりそう。やねのあるばしょをさがしましょう」
ろばげはいいます。けのかたまりはしっけにびんかんなのです。

ふきはじめたしめったきたかぜにおされ、おんがくたいはあばらやの、まどのふもとまでたどりつきました。
すきまからはにぎやかなこえがもれてきます。
いちばんかさのあるろばげがのびあがってのぞけば、なかでとうぞくたちがえんかいをしていました。

「あたし、いいことおもいついた」
ないめをかがやかせながらねこげがいいました。
「あいつらをおっぱらって、あたしたちがこのうちにすむの」
「あの……おんがくたいになるはなしは……?」
「いっけんやだもの、がっきならすのはじゆうよ」
「いやそういうことでは……」
「どうやっておっぱらうってんだよ。おれたちけだぞ」
「ちょっとかんがえるから、あたしにもなかをのぞかせて」

とりあえずろばげのうえにいぬげとひとげ。そしてそのうえにねこげのけだまがのり、カーテンのおくをのぞこうとまどによりかかります。
きしゃーん! がらがらがら。
そのとき、おおきないかづちがちかくにおちました。
ごうおんにおどろき、いっせいにまどのほうへとふりむいたとうぞくたち。
そこには、いなびかりにてらされえたいのしれないかげがたっていました。
よっぱらいには、ふだんみえないものがみえたりします。
そのときかれらのめにうつったのは、ろば、いぬ、ひと、ねこがくみたいそうのようにつみかさなった、おんがくたいのたましいのすがたでした。

「な……なに??」
いきなりみゃくらくのないものをみせられてかたまるとうぞくたち。
ここでなきごえをたたみかければ、とうぞくはこわがってにげたかもしれません。
けれどもけにはのどがないので、ささやくようなおとしかだせませんでした。

おっかなびっくりちかずいたとうぞくのひとりが、ゆっくりとまどをあけます。
「おい、もうふがおちてるぞ!」
「やった! これであたたかくねむれる」
「よこせ、おれのもんだ」
「いや、おれんだ」
うばいあいがはじまりました。

「やめて。ひっぱらないで」
「やだよう。おもいよう。さけくさいよう」
「ひでえねぞうだ。ころがんじゃねえ」
「すみません……ひとがごめいわくを……」

さわぎはやがておさまり、あばらやからはかわりにたくさんのいびきがひびくようになりました。

3

あさになり、ひるになり、たっぷりとねむったとうぞくたちはつぎのしごとをしにでていきました。
あばらやのゆかには、まざりあい、おしつぶされ、いちまいのひらたいもうふとなったおんがくたいのすがたがありました。
にげようとしても、ゆかからとびでたおれくぎがささってみうごきがとれません。
ぜったいぜつめいとはこのことです。

「やどぬしのおしりで、むちとしっぽにぶたれていたほうがよかったのかしら」
「はえたばしょがちょっとちがっただけなのに、なぜおれだけがこんなめに。うまれかわったらこんどはぜったいおでこにはえてやる」
「ぼくはインドえいがスターのひげにうまれて、キャーキャーいわれてみたいです……。あれはむだじゃない」
「やだみんな、げんきだしてよ」

それぞれがなげきかなしんでいたそのとき、
「みなさん、おこまりのようだね」
あばらやのてんじょうちかくから、ふいにこえがふってきました。
かおのすぐまえでセロファンをふるわせたような、かわったこえ。
けれどもすがたはみえません。

「わたしといっしょにきてくれるなら、みなさんをじゆうにしてさしあげよう」
「だれだっ! すがたをあらわせ」
「おっとしつれい。これではみえないね」
いうがはやいかおんがくたいのめのまえに、てあしのながいぎんいろのきょじんがすがたをあらわしました。

「じつはよなかからずっと、よこになってあなたたちのようすをみていたのだよ」
そういってきょじんはまたきえました。いや、めをこらせばそこにうっすらせんのようなものがみえます。
きょじんはあつみのない、うすいかみのようなからだをしていたのです。

「そんなぺらぺらでどうやってこっちをみていたの?」
「あなたたちのほしのことばでいう『ながしめ』というやつさ」
「ちょっとまってください。『あなたたちのほし』って……もしかして」
「ひとげさん。あなたはさっしがいい。そう、わたしはとおいほしからきたものだ」

きょじんのしょうたいは、うちゅうじんでした。
めずらしいいきものをあつめるのがしゅみで、このほしにおりたったのです。
「じつにあなたたちはちょうどいい」
うちゅうじんはおんがくたいに、うちゅうせんがはこべるおもさにはかぎりがあり、いきたどうぶつをはこべないこと。
みらいのかがくりょくで、けからもとのやどぬしのすがたをだいたいつくりだせること。
できるだけたくさんのしゅるいをもちかえりたいことなどをつげ、いっしょにきてくれるようたのみました。
「わたしはてんばいもくてきでしょうひんをかきあつめるようなふらちものではなく、ほんもののマニアだ。わたしのほしで、やどぬしとおなじすがたとなったあなたたちは、わたしのやしきでコレクションとしてだいじにあつかわれる。だからあんしんしていっしょにきてほしい。このままとうぞくのしきもうふとしていっしょうをすごしたいというのならべつだがね……」

きゅうすぎるはなしのながれにだれもがこんらんするなか、おずおずとこえをあげたものがいました。ひとげです。
「あの……ほんのかけらのようなすがたのぼくでも、つれていってもらえるのですか?」
「もちろんだとも。マニアにとっては、なにひとつもむだなものなどないのだよ」
「むだじゃない……ぼく、いきますっ!!」
「ひとりでかってにきめるなあ!!」

ひめいをあげたほかのさんびきも、けっきょくこのままでいるよりはましとおもい、いっしょにたびだつことにしました。

あばらやのうらからかみひこうきのようなうちゅうせんがおともなくうきあがります。
まどからじめんをおおうオレンジいろのゆうひがみえました。
けたちがちきゅうでみる、さいごのたいようです。

このひ、だれにもしられずちきゅうじょうから4しゅるいのけがきえました。

「もうこうなったらじぶんからいうけど、おれ、じつはプードルだったんだ」
ついたほしでだいたいもとのすがたになったいぬげがてれくさそうにいいました。
プードルは、なぜかかわったかたちにけをきられることでゆうめいです。
「あなたもむだげなかまだったんですね」
「ああ。もものけだった。だからひくつになってるおまえがみちゃいられなかったんだ。おれはこのさきだれにも、どこのけもかりとらせないぞ」
「わたしもいっしょうどのけもそりません!」
ひとげといぬげはしんゆうになりました。

「ねえあなただけ、なんだかすごくしっかりしてない?」
「そう?」
ろばげのいうとおりねこげのすがたは、たしょうもやもやしているほかのものとはちがい、だいぶはっきりとしなやかです。
「のどからでたけだまだったじゃない、あたしって。つばがついてたぶんもとのすがたがよくわかる。ほりだしものだって、マニアさんがいってたわ」

さんびきとひとりのために、ひろいぼくじょうといっけんやがよういされました。
うちゅうじんは、コレクションがすんでいたかんきょうまでさいげんしないときがすまない、すじがねいりのマニアでした。
そして、かれいがいのひともぜんいんかみのようにペラペラな、かさばらないからだをしてるので、とちはありあまるほどあったのです。

ろばげといぬげとねこげとひとげは、ながいたびのあとついにてにいれたじぶんたちのいえで、それからもずっとなかよくたのしくくらしました。

「まちでおんがくたいにはいるゆめはどうしたか」ですって?
ゆめとはとうだいのあかりです。
このばから、いっぽふみだすきぼうのひかりになるけれど、みんなかならずそこへたどりつくひつようはありません。
とおくにあかりがみえつづけるじんせいも、それはそれですてきなものです。

いっけんやのドアに、ひとげがかけたひょうさつがのこっています。
そこにはいまも
「ブレーメン」
のもじがきざまれているそうです。

おわり


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