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「いつか花が咲くように」2024年1月25日の日記

57-1

・春学期2週目。
初めは気のせいかと思っていた日照時間も、調べてみると12月21日が冬至だったようで、これからますます増えるらしい。
今学期からやって来た留学生は大雪の中スーツケースを運ぶことに苦労していた印象がある。わたしが帰国する5月初めには雪もすっかり解け、10℃以上の過ごしやすい季節になっていることを願う。

・一昨日、この冬に入ってから5回目の横転を経験した。
大雪の後の雨は現地の住民さえも危険に思えるようで、歩道にはせめてもと黒い砂利が敷かれているものの、日本でさえ歩くのが下手だなぁと思ってしまうわたしにとって今週の雨模様は恐怖でしかない。

・慣れているとは思っていたのだが、今回の横転で買ったばかりの卵と鞄に入れていた水筒が割れてしまい、帰宅してから水に濡れた教科書をドライヤーで乾かしたり、大切な大切な図書館の本を危険にさらしたことで、転ぶことがトラウマになってしまった。

・翌日のこと。
フィンランド語の授業を受ける建物に向かうための通路がまるでスケートリンクのように歩きづらくなっており、移動に苦労していると、教授らしき年齢の男性が手を貸してくれた。
舗装された道まで誘導してくれた男性があまりにも紳士的で、同じ年代の学生なら間違いなく恋をしていたと思う。心配しているというよりも本当にさりげなくて、気軽に手を差し伸べてくれたところが、逆に紳士的で好印象だったのだ。

・定期を落としたり寮の近くまで送ってもらったり、この国の人の温かさと心の余裕を感じ、心が洗われるような感覚になるのは何度目だろうと思っていたところ、実はルームメイトも同様の体験をしたらしい。

・彼女はなんとポケットから携帯を落としてしまったらしく、2時間ほど捜索した末に近辺の落とし物センターに何の弁償の必要もなく届けられていたそうだ。
その上、通りすがりの人に声をかけ事情を説明したところ、複数人が何の対価も払わず20分間ほど携帯を貸したり、捜索の手伝いをしてくれたらしい。
携帯の届け主はホーム画面に設定してあった緊急連絡先に電話で確認を取り、持ち主(ルームメイト)がフランスからの留学生であること、名前を取ったうえでセンターに届けたため、引き渡しも何の確認もすることなくスムーズに行われたそうだ。

・「フランス(特にパリ)なら落し物は絶対に戻ってこない」と話していたが、この治安の良さは東京にも、何ならわたしの地元にも勝ると思う。
見知らぬ若者(しかも外国人)が困っていたり、英語で話しかけられれば、あなたはどうするだろうか。1年前のわたしならば確実に素知らぬふりをして通り過ぎてしまうに違いない。

57-2

・インターネットの話をしよう。
わたしはフィンランド生活1日目から、現地のキオスク(コンビニのようなもの)で購入したSIMを携帯に移し替えて生活している。
携帯料金は安く、1ヶ月買い切りタイプで3000円ちょっと。
日本で使っていた携帯番号は、携帯会社にお願いして帰国するまで廃止してもらっている。料金を払う必要がない代わりに、この番号宛のメッセージは何も閲覧できない。
昔は不都合があったのかも知れないが、今はLINEやInstagramでほぼ全ての人と連絡が取れてしまうから、手続きが面倒なこと以外に何も支障がない。

・厄介なのは、これまで使用していたプラットフォームがフィンランド版に変わってしまうことだ。
たとえば、ヤフー知恵袋はヨーロッパ圏内からは閲覧できない。単純な質問はまずここでざっくり答えを見てから詳しく調べるという手順をとっていたわたしにとって、質問量がとにかく膨大で検索結果の上位に出てくるこのサイトが使えないのは中々つらい。

・他にも、わたしはYouTube中毒なので学割プランでプレミアムに加入しているのだが、一旦契約を解除してしまうと居住地に即した料金設定になってしまうので、これまで600円代で契約していたプランがいきなり1100円に値上げ、という事態に陥ってしまう。

・メリットもデメリットも感じられるのはNetflixだ。
映画好きの母親がファミリープランで契約してくれているため実質無料の感覚で利用しているのだが、日本とフィンランドではラインナップが違う。
日本で視聴できていた「花束みたいな恋をした」「ショーシャンクの空に」などのいくつかの映画やドラマがなくなった代わりに、フィンランド語訳のタイトルが増え、ほぼ全てのジブリ映画が視聴できるようになった。

・それをいいことに、先日は「千と千尋の神隠し」をルームメイトと一緒に見た。
ジブリ映画を見たことがないと言っていたが、わたしがフランス語を勉強しているように、彼女もDuolingoに日本語を入れてくれたようで、わたしの影響で日本文化に興味を持ってくれたことは間違いない。こんな機会が無ければジブリの映画を自分から見ることは中々ないだろうと思ったのだ。

・「日本の車は左側走行なの?」「なぜ千尋という名前から千になって、呼び方が『ち』ではなく『せん』になったの?」など、彼女の視点からでしか出てこないような質問もあって面白かったし、実はわたし自身、この映画は10年以上前に見たっきりで、子どもの頃抱いたホラーチックな印象しかなかったので、改めて見ると新鮮だった。

・特に千尋が職場となる温泉に迷い込む前の風景が想像よりもずっと異国情緒のある風景だったことや、アイコニックなキャラクターのカオナシの行動の意味、どんどん出てくるキャラクターの役割や成長、そして冒頭のシーンが終盤で伏線回収のように再現され、2時間の間に膨大な場面転換とジブリらしさが敷き詰められていることは成長してからでないと気づけなかったと思う。

・初めてのジブリ映画の感想は上々で「こんなに美しいアニメーションが2000年代の初めに作られていたなんて凄い」と言ってくれたし、可愛らしいキャラクターの一挙手一投足に癒されるのは万国共通だなぁと実感。

・わたしの個人的な好みはダントツで「カリオストロの城」だけど、Netflixの配信はされていないようだ。コクリコ坂のバンカラな雰囲気も好き。
比較的ストーリーが分かりやすい「となりのトトロ」や「天空の城ラピュタ」「猫の恩返し」あたりも一緒に見てみたいな。

57-3

・ずっと心に秘めていた「雪が降っている時、逆に寒くない説」。
チューターのリリー(仮名)によると本当に合っているらしく、空が澄んでいるかどうかでその日の気温が分かると教えてくれた。
ここでは-15℃を超える寒さから5℃近くまで、気温の振れ幅が大きいので、推測し心構えができるだけでもありがたい。

・そんな話を母としていると「天気の話だって当然英語で話してるんでしょ?成長したんだね」と褒めてくれた。
渡航当時から関係が深いルームメイトやチューターは「成長した」と言ってくれるけど、知れば知るほど分かりやすく伝える事って難しいなぁと思うし、知らない語彙がたくさん出てくる。肯定感より反省点のほうがまだまだずっと多い。

・この寮で暮らす半分ほどの学生が入れ替わったことで、新しくやって来た留学生と暮らす人の割合がほとんどなのだが、わたしはルームメイトが1人だけで両方1年留学組なので、正直あまり人間関係は変化していない。

・けれど、チューターとの雑談の中で大声で笑ってしまうような触れ合いが出来たり、2週間に1回程度のペースで会っている別の学生が自身の留学計画について相談してくれたりなど、約半年間滞在したからこそ交わせる話題や信頼関係が構築できつつあることをよく感じる。

・来月にはルームメイトの親友がフィンランドに遊びに来るそうだ。
仲良くなって、少しだけでもフランス語で会話してみたい。
せっかく長期留学を選んでいるのだ、半期だけでは届きづらかった深い話題もできるような、少ないかもしれないけれどそれぞれ重要な、人との縁をぐっと深める春学期にしよう。

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・わたしはかなりの本の虫で、どれだけ課題に追われていても、必ず1日30分は読書に費やすと決めている。この時間設定は義務的にも思えるが、時間が許せばいつまでも本の世界に入ってしまうわたしにストップをかけるためのリミッターだ。

・本はかさばるので、どうしても持って行きたかった文庫本1冊とKindleのタブレットを入れて渡航した。
日本にいる時は図書館があるし、どうしても買いたい新作の帯を本屋で見ながら検討する時間が好きだったのだが、留学してからというもの新作が置いてある本屋なんて見つかるわけもなく、今やわたしのタブレットには30冊以上の本が収納されており、すっかり電子書籍派となってしまった。

・わたしは数年前から「本好きの下克上」という長編シリーズにハマっている。この小説はいわゆる「ラノベ」に分類されるが、その中でも「このラノベが凄い!」で殿堂入りになってしまった小説で、全33巻にも及ぶハリーポッターに負けず劣らずの質も量も大満足な作品だ。

・電子書籍は通常の本よりも数百円安く購入できることも良い点で、図書館にはジャンルの観点で入れてもらえないということもあり、今は「本好き」2巻分→その時の自分が興味のある小説を1つ→本好き2巻→()というループを繰り返している。
10月半ばから7巻を読み始め、今や25巻。1日30分という制限がありながらも、3月中にはほぼ確実に読破してしまうペース。最終巻を早く読みたいと思う気持ちよりも、終わりが見えつつあることが悲しいという気持ちの方が今は強い。

・読むジャンルが偏りすぎてもいけないと半ば自分への戒めのようにつくった「間に1冊」ルール。
これまではやや義務的に捉えていたが、先週は久々に良い小説に出会った。吉本ばななさんの「キッチン」だ。

・本書には「キッチン」「ムーンライト・シャドウ」の2作品(キッチンは前編/後編)が収録されており、どちらも大切な人を亡くしたばかりの主人公が悲しみに向き合う様子を描いている。
体験したことはないけれど、何故だか手に取るように分かってしまう心理描写がどちらの作品にもくまなく入っていて、なかでも「ムーンライト・シャドウ」は久々に本を読んで涙してしまうくらい素敵な読書体験だった。

・登場人物は現実にはそぐわないくらい個性的だが、彼らが放つ言葉にはまるで実在しているかのように現実味があって、最終的にはわたしも彼らのことを思い出して寂しくなってしまうくらい感情移入した。

・読了済みの人も多いかもしれないが、わたしが読んだものは文庫本で、Amazonで600円もしないくらいのお値段で手に取れたので、もし空き時間があればぜひ読んでみて下さい。

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・そして、いよいよ洋書も読み始めた。
きっかけは前回の日記でも触れた覚えのある大学の授業で、課題として3作品のうち1つを読了し、最終授業のディスカッションに参加、感想をレポートにするというものだ。

・わたしが選んだ「Memory of Water」という本は、いざ借りてみると250ページ超のボリュームで圧倒されはしたものの、筆者が語学堪能ということもあり作者が直々に英訳版を書いている「茶道」が主題の小説だ。

・ちなみに、課題図書として指定された3作品は現地の学生にとっては中高生の頃に少なくとも内1冊は読んだと述べるほど有名なものばかりで、ディスカッションまでに3作品全てを読み直すという人もいた。
ちなみに、わたしは音読で6割程度大筋を理解してからGoogle翻訳大先生にお世話になり、何段落かごとに簡単な要約や感想をメモしながら、1日10ページずつ読み進めるつもりだ。普通に分厚いサイズのこの本を読んでいるだけでも、個人的にはかなりの成長である。

・なので、当たり前かもしれないが「キッチン」を読了した際の理解度とは雲泥の差がある。
「8P 主人公の名前はNoria」といったメモを書きながら読んでいるのだ。読了までには何十倍もの時間がかかるし、洞窟の中を探検しているかのように読書の方法もまるきり違う。

・それでも「意味が分かるかどうか」で一歩踏み出すことを諦めていた今までとは異なり、はっきり説明してしまう英文の特徴に悩まされながらも嬉しかったり、今のところは楽しく読み進められている。

・「キッチン」で感じた時のような美しい心理描写に涙する…!なんてことはまだまだ出来そうにないけれど「200ページ超の洋書を読了する」ことは次の1冊へ踏み出す自信を与えてくれるだろうし、新しい本との出会い、可能性を大きく増やすことにも繋がる。

・これまでわたしが育んできた土壌に花が咲き始めるような、まだまだ伸びしろを感じさせてくれる1週間だった。


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