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変容における震える体験

自分の意思とは関係なく、身体が震えてしまう体験を1度くらいはしたことがあるだろう。

 大衆の注目を一身に浴びるような大舞台。命が脅かされるような恐怖体験。我が子が生まれた時の喝采。

 生きていると、時折その身で抱えきれないような大きな出来事が起こる。それを処理する時、勝手に身体は震えだす。自分の中で起きる変容において、震えは大きなシグナルとなるのだ。

 からだがブルブル震えたり、悪寒のようにブルッと震えたり、細かい振動でワナワナ震えたり、ガクガクと大きくからだが震えたりすることの共通点はなんだろうか?
(中略)
 このような旋回運動や波状運動は、直近の興奮経験を神経系が「振るい落とし」、危機や欲望、そして人生の次なる出会いの準備のために「地に足をつけさせる」方法である。こうしたものは、私たちが脅かされたり高度に覚醒したりした後に並行状態を取り戻すためのメカニズムである。
(『身体に閉じ込められたトラウマ』P20-21)

 小さい頃に飼っていた犬は、動物愛護センターから引き取った保護犬だった。以前よほど怖い体験をしたのだろうか、もらってくる時も1頭だけ端っこで震えていたらしい。家に来た当初もしばらくは人が近くにいるだけで、震えてしまい、まともに食事もとらなかった。ただ、日にちと共に震えは徐々に収まっていき、活動的になっていった。

 動物にとってもそうなのだ。動物の名残りを残す僕達も、震えることで、地に足をつけていられる。

 極度の緊張の時、知らず知らず僕達は震えを抑えようとしてしまう。けれど、無理やり抑え込もうとすると、トラウマとなって身体に刻み込まれる。そして、後々に引きずることになりかねない。身体が求めるのならば、震えさせればいいのだ。

 健康としての震え

 野口整体の創始者、野口晴哉さんは身体を整えるために活元運動(自働運動)を提唱している。

  活元運動は、本来、誰れでもやっているのです。欠伸をするのも、くしゃみをするのも意識しない動きです。びっくりして跳び退くのも、転びかけて転ぶまいとするのも、みんな活元運動の類なのです。意識しないのに、人間は誰れも自分で正常な状態を保とうとする運動をしているのです。
(中略)
震えるということも、体の力をはっきする一つの方法なのです。
『整体法の基礎(野口晴哉)P49~51』

 活元運動は必ずしも震えの形では現れないが、自然治癒能力の1つとして、勝手に動き出す点において一致している。

 僕自身、何度か道場に通って、活元運動を体験した。手順を踏んで、待っていると自分の身体なのに、意図しない動きが起こり始めるのだ。手術した右肩がビクビクとして、腰が左右に揺れる。驚きながらも、その動きに身を委ねていると、あれよあれよと動き続ける。やがて、その震えが収まった時、不思議と体調がよくなっている。骨盤の歪みが整ったり、腰の違和感が消えたりした。

 振動は人間にとって、とても大事な役割を担っているのだろう。

震えを超えたそのさきで

 変容のプロセスを考える上で欠かせないのは、映画「グレイテスト・ショーマン」のメイキング映像だ。この映像はnoteでも何度か紹介したことがあるくらい、僕にとって大きな衝撃を受けた動画だ。

 もちろんこのプレゼンの日を迎えるまでに多くのプロセスはあっただろうが、3分前後の歌に人間の変容の過程を見ることができる。
 キアラ・セトルの歌い始めの瞬間、酷く心細そうな表情で、瞬きは多く、視線は定まらずキョロキョロと周囲を見回している。これは不安や緊張が強い人がよくやる動作だ。

 しかし、決意して、みんなの前へと出ていく。その内心はわからないが、感情はぐちゃぐちゃだろう。そこから先に声を絞り出すのが非常に窮屈そうだ。何度も喉に手をやって押さえている。力んだ顔は真っ赤になっている。

 インタビューの中で「あまりに怖くなって」とキアラは言っている。ヒュージャックマンの手を握った。3:50〜手を握る前、カメラにギリギリ写っていない部分もあるが、手が大きく震えていて、机が揺れている。

 しかし、優しい眼差しを受けて、「This is me(これが私)」と言ってから、明らかに声の質が変わり、声量が大きくなる。喉を叩くような動作はあるものの、抑える動作はなくなる。
 歌い終わった瞬間、「あれは別世界の経験だった」と言う通り、歌い始める前とはまるで別人のような顔をしたキアラがいた。

共振するために

 動画を見れば一目瞭然だが、震えのプロセスはその場にいる人に伝播する。緊張で震える人を見ると、息を飲んでしまう。そこに自分を投影して、擬似的に体感する。だからこそ、僕達はスポーツに熱狂し、フィクションで涙する。身体が震える時、心も魂も揺さぶられているのだ。

 自分にとってだけでなく、自分と関わる他者のためにも震えを抑えてはいけない。共振が起こらなくなってしまうから。

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