前向きな他己紹介#10

 とても不思議なことがある。

 インタビューゲームの中でお互いの話が聴き終わったら、B6サイズの紙に他己紹介の文章を書く。

 その内容がどういうわけか、前向きな内容に偏りやすい。「これは悲観的だな」という内容を僕は聴いたことがない。
 では、インタビュー相手が全員曇りなきポジティブ思考であったかといえば、そうではない。

「自分に自信がない」といった類の言動をする人はちらほらいた。
 けれども書いてみると、それほど後ろ向きな内容にならないのだ。

 いや、他人事のように言っているが、その人の他己紹介を書いているのは基本的に僕だ。しかし、特に意図を持って前向きな内容を書こうとしたことはないことないのに、そうしたことが起こるのだ。

 また、自分以外が書いた他己紹介文を読ませてもらったこともあるが、そこでも悲壮感が貼りついた文章に出会ったことはない。

現実感がないことのありがたさ

 僕はそれを臨場感がないがゆえにできることではないかと思っている。

 ある程度年齢を重ねれば、肝を冷やすような恐怖体験の1つや2つしたことがあるだろう。けれど、そうした体験を聞かされても、どこかでピンとこないものだ。
 その場面に居合わせていない以上、本人以上に臨場感を懐くことはできない。けれど、その現実感のなさが気楽さを生んでくれるのではないだろうか?

 インタビューで泥水を啜るような苦労話を聞かされても、その時の感情まで仔細に受け取ることはできない。だから、エピソードを書いてもどこか他人事のような感じが拭えない。そのおかげで客観的に物事を捉えることができる。

 そうすると、苦労話にも悪い事ばかりではないことがわかる。

 感情に捉われてしまうと、それを呼び起こすようなことばかりが浮かんでくる。
 けれど、人も物事も決して一面的ではない。
 他者のフィルターを通すことで、その出来事の別の一面に光が照らされるのだ。

 そういう意味で、わからない人に聴いてもらうことも結構価値があるものだ。

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本田

100人とインタビューゲームをやれば人生が変わる

コミュニケーションに苦手意識を持っていた人間が「インタビューゲーム」の実践を通して、得たもの、そして徐々に変わっていくプロセスを生々しく記しています。100人とやった時に果たしてどんな風景が広がっているのでしょう?
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