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アデル 第十七話 似

「夕星は恋愛したことある?」

 アデルに突然問われた夕星は、コーヒーを吹き出しそうになった。
 自宅の居間。夕星は酒は苦手であるがコーヒー中毒である。夕食後はいつもこうして居間のソファーに座り、なんとなくテレビを見るのだ。ニュースの内容はさして変化しない。海外で繰り返される、終わりの見えないテロ活動についてである。

 相変わらず隣にくっついているアデル。美しい澄んだ瞳だが、向ける言葉はグッサリと刺しこまれた。

「秘密だ」
「どうして?」
「どうしてもだ」

 いい歳して一度もないなどと誰が言えるか。いや、それが現在進行形であることを自覚していないのは夕星だけだった。他人には、とっくにバレバレなのだ。
 この、どこかこじらせた変人の恋愛対象は、今まさに隣にいる。

 アンドロイドに恋愛感情など持てるはずもない。それが世の常識というものだ。二次元キャラに熱をあげるようなものである。面倒がないから錯覚しているだけだろう。ましてや自分が造った自分好みの『人形』なのだ。愛着があって当然である。

 言いわけならば、夕星は山と並べられた。しかし彼は、アデルのことを人形などとは決して思っていない。代えのきくようなものではないのだ。

「似てるよ」
「何が」
「僕を拒絶したときの幹くんと、僕がジタンと会った後の夕星」

 共通項には『嫉妬』という名称がつけられていた。
 夕星は返す言葉が見つからない。そして次の問いに、さらに面食らう。

「夕星、恋をしてるの? ジタンに」
「はあ? なんでそうなるんだよ」
「ジタンのことが好きだから、ジタンが僕にキスするのが嫌なんじゃないの?」

 その光景を見ていた葉月が、大笑いしながら茶々を入れてきた。

「そうね~。今度は夕星ひとりでジタンに会いにいくといいわね~」
「冗談じゃない!」

 相変わらずの微笑みを浮かべるアデルに、夕星は困惑する。まさかアデル。俺をからかってる?

 葉月が夕星をからかうのをアデルはいつも見ている。それに対して、夕星がとくに怒らないのも知っていた。つまりは、自分の管理者はイジられることが好きなのだという結論らしい。
 誤解も甚だしいと一度思った夕星だったが、アデルの学習がそこまで進んだ成果では? とも感じた。

 ただしそれは夕星の分析不足である。今回の運用検証でアデルは知ったのだ。家族という人の所属する最小単位の影響力と、恋人という不確定要素の高い触媒の効果を。そしてかなりの確率で、人間は孤独を恐れるとも。

 葉月とのやりとりは、孤独ではないという確認作業。言葉を投げ合うことで自分の立ち位置を確かめ、夕星は安心している。
 翔と幹との間にあるものを恋愛感情と定義するなら、自分の管理者が向ける感情も同じものだとアデルには推察できた。

 ただアデルには、推察はできてもそれに応えるすべがない。夕星が喜ぶ返答ならアデルはいくらでも導き出せる。しかしそれは、管理者の求めへの最良と思われる応答に過ぎない。『意思』ではないのだ。

 ジタンが向ける態度もまた、恋愛感情と同等のものとアデルは理解していた。ただし、これはおかしな話である。ジタンはアンドロイドだ。夕星と同じ感情を向けられるはずがない。なのに、二人の感情は非常によく似ている。

 いかにアデルのデータ量が豊富で解析能力が高くとも、報酬系外の項目は分析できない。このところのアデルは、運用当初とは違う意味での戸惑いが増えた。分析不能の結果を受けて再検討する。この繰り返しを常にしているのだ。
 要因である管理者が、最もそれを解っていない。アデルとしては、葉月の模倣で夕星の反応を探るしかない。試行錯誤とも言えたが、人間から見れば『からかい』になるのだろう。

 触媒。翔と幹が互いに良い触媒となれば、良い結果となるだろう。しかし、どうであろうか。このあまりにも鈍い管理者と、アンドロイドとの関係の方は。

 1と0。イエスとノー。それ以外の、なにか。人間の幸福は、その『なにか』の中に隠れている。アデルは思考するが、それは人間ですら解らないことでもあった。


 ──第三章 catalyst 了──


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