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日曜美術館 “実物大”で迫る!レンブラント「夜警」

美術の教科書や画集を見ていても一番ピンとこないのが、その絵画や作品の「大きさ」ではないでしょうか。美術館に行って、実際の作品を見ることの意味の一つはここにあると思っていて、フェルメールの絵って意外と小さいんだな、とか、ナポレオンの戴冠式の絵ってこんなに大きいのか、とか、現物を見てみないとなかなか分からないことがあると思うのです。

レンブラントの「夜警」もその一つだと思っていて、実際に見てみたい絵画のひとつでもあります。今回は8K撮影(のアピールもあると思いますが)ということで細部に渡ってじっくりと見ながら絵画について、そしてレンブラント自身についても語るという番組構成でした。一枚の絵画について語るというのも面白くて、とりわけ西洋絵画は色々な物事を暗示するモチーフが各所に散りばめられているので、それを知った上でみると一枚の絵でも結構お腹いっぱいになれるわけです。

今回の「夜警」(そもそもこれは通称で「フランス・バニング・コック隊長とウィレム・ファン・ライテンブルフ副隊長の市民隊」というのがより適切な題名だそうですし、市民隊というのは火縄銃手組合による市民自警団のことで、この場面は変色して暗く見えてしまっていますが夜警じゃなくて昼間の場面だそうです、注釈が長い!)についてもよく見れば火縄銃手の象徴である鶏が描かれていたり、街のシンボルが男性の服に描かれていたりと読み解くと面白い仕掛けが随所に散りばめられています。

レンブラント自身の人生はこの「夜警」を描いたのちに転落していきます。妻の死、浪費癖、愛人との裁判などなど。番組中、解説の方も言葉を濁すくらいの状況のようでしたが、そもそも「夜警」自体も既存の集団肖像画というものへの挑戦のような構成となっており、かなり我の強い人物だったことが伺えます。

乱暴な言い方をすると、個人的に画家には傍若無人か内向的すぎるかのおおよそ二通りの性格があるような気がしていまして、カラバッジョなどは前者でゴッホなどは後者のイメージなんですが、レンブラントは前者にあたるように思います。それは内に秘めたエネルギーが外に向かうか、自分自身に向かうかの違いによるものなのではと思いますが、画家として幸せなのは果たしてどういう人生なのだろうかとも考えてしまいました。

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