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海賊の後悔


俺は震える足で海の上に渡されたグラグラと揺れる細い板の上を一歩ずつ先へと進む。一生分の勇気を振り絞って歩いてはいるが、その先にあるは希望でもお宝でもなく、ただの無意味な死だ。

後ろからはやんややんやとはやし立てる声が聞こえてくる。
ときおり棒っきれや腐った肉が投げつけられる。
大抵はあらぬ方へ飛んでいき、真っ黒い海へと落ちていくが、不運にも俺の背中や頭にぶつかる時がある。それに驚いた俺が渡し板の上でふらつくと歓声が上がった。

俺はこの海賊船の船長だ。いや、「元」船長か。

別に負け惜しみで言う訳じゃないが、なりたくてなったわけじゃない。

前にこの船の船長だった男がとんでもなくがめつい奴で、分捕ったお宝の分け前を船員にまともに渡さなかった。当然ながら船員の反乱が起こり、たまたま振り回していた俺のサーベルが目の前に逃げてきた奴の首を見事にちょん切ったため、次の船長に選ばれただけだ。

いざ船長になってみると、海賊なんて碌でもない奴しかいないことが分かった。さして働いてもいないのに分け前を要求してくる奴、限られた食料や水を独り占めしようとする奴、女とみれば襲い掛かる見境のない奴。
立場が変わるとそんな奴らが幅を利かせていることが良く分かる。

だから俺はそんな奴らにお宝の分け前を与えることをしなかった。

結局そんな俺に不満を持った奴らに反乱を起こされてしまい、この有様だ。
今の俺はトレードマークだった帽子や作り物の眼帯(俺の眼は両目ともしっかり見えている)も全部はぎとられ、まるで奴隷のような身なりだった。

ああ、こんなことなら海賊になんかなるんじゃなかったな。
俺の足元にぽたりと涙が一粒落ちた。

気がつけば既に渡し板の先端に立っていた。せめて最後は船長らしく、堂々と海へ飛び込んでやる。意を決して最後の一歩を踏み出そうとする。


その時突然、ドカンというでかい音とともに後ろから衝撃が襲ってきて、俺は訳も分からないままに勢いよく空中に吹き飛ばされた。
俺の乗っていた渡し板も衝撃ではじけ飛び、吹き飛んだ破片が俺の背中にザクザクと刺さってくる。
痛みにわめく暇もなく、俺は真っ黒な海に放り出された。

一体何が起こったんだ。あんまりノロノロしていたから、大砲でもぶっ放されたのか。

冷たい水が全身を包む。普通に飛び込んでいたら、このまま俺は暗い海の底に沈んでいくだけだっただろう。しかし腕をざっくりと切り裂かれてしまったが、俺を後ろ手に縛っていた縄は幸運にもはじけ飛んだ渡し板で千切れていた。

いったんは深く沈んだものの、必死の思いで海面に浮かび上がると、俺の乗っていた海賊船はあちこちが燃え上がり、甲板の上では元部下だった海賊共がピカピカのサーベルや銃で武装した男たちに次々とやられていた。

どうやら完全に不意打ちだったらしい。俺の処刑を船の全員で見物していたから、反対側から迫って来る船に誰も気がつかなかったようだ。
百戦錬磨の海賊共はろくに反撃することもできず、全員が殺されるか捕まえられるかどちらかの運命を辿っていた。

ただただその様子を眺めながらぼんやりと波間に浮かんでいた俺の前に、一隻のボートが近寄ってきて、それに乗っていた男が俺に手を差し伸べる。

「大丈夫か?我々は国から派遣された軍隊だ。このあたりを荒らしまわっていた海賊は、我々が退治した。あなたはどうやら奴らに捕まっていたようだね?もう大丈夫だ、安心したまえ」

俺はその男の手を掴みながら、にこやかにこう答えた。

「ええ、あいつらに殺されかけるところだったのです。本当にひどい目に遭いました」


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