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LE BAR KAWAGOE #2 『嘘つきなんてわかって触れてエルマ』

14時30分から始まる人生

二日酔いと共に、随分遅い起床をする。昨日は楽しかった。寮の後輩の大学院合格祝いで、お高い焼き肉からいつもの LE BAR KAWAGOE をハシゴした。

自分が起きたことに気づいた僕は、ボケた頭で昨夜のことを思い出しながら、リビングに向かう。お酒で枯れ切った体に、冷たいミネラルウォーターが染み渡る。冷たい水と同時に温かい幸福感も体の末端まで行き届く。

「人生だなぁ。」

頭の中で一人呟く。言語化力が著しく低い僕は、自分の言葉を超えた感情を正負を問わず「人生」と呼ぶ。

嘘つきなんてわかって触れて
エルマ
まだ、まだ痛いよ
『もうさよならだ』
って歌って暮れて夜が来るまで

ー ヨルシカ『エルマ』

昨夜はずいぶんと散財をしたけれど、後悔はあまりしていない。美味しい肉やお酒を味わう後輩の幸せそうな顔や、支払額を見て驚く顔を思い出して僕は笑った。写真が大嫌いなくらい笑うのが苦手だったのに、ずいぶんと笑うようになったものだ。

肌に触れる空気

肌に触れる空気が変わると、自分まで変わったような気がする。

香港の路面電車の揺れ

ニュージーランドの牧草の香り

ハワイのダイヤモンドヘッドの麓のファーマーズマーケットで朝から食べる馬鹿でかいハンバーガー

韓国の屋台で、唐辛子で唇を腫らせながら呷る焼酎

五感で非日常の空気に触れることで、今までにない思考回路が繋がったりもする。

昨日の後輩もそうだった。オーセンティックなバーに2回しか行ったことがない彼は(その2回も僕と行った)、いつもとは少し違うことを話してくれた。同じ寮に住み、ほぼ毎日顔を合わせ、週に四回ほど一緒にご飯を食べる生活を一年半送ってきたのに、初めての雰囲気が僕たちの間に流れていた。

記憶の糸口

僕がマスターの川越さんに、noteでお店についてエッセイを書き始めたことを話していると、彼は言った。

「うたたネさんは、なんでそんなにいろいろ書けるんですか?」

よく聞かれる質問だ。

「日々の心の移ろいを逃さない様にするためかな。」

「でも、感情って絶対に言葉で表現しきれないじゃないですか。」

「せやな。一流のアーティストでもそれは出来ないと思う。誰もそんなこと出来ない。」

「俺はそこで『出来ないならもういいや』ってなるんですよね。」

出来ないことを出来る様にする情報エンジニアの卵の彼がそんなことを言うのが面白かった。感情が彼の中でまだあまり重要ではないだけだと僕は思った。自分が興味ないものを大事にする他人を目の当たりにして困惑しているといったところだろうか。

「それもまた、心の移ろいやと思う。『感情なんて表現しきれないものなんだから、僕はそんなものを拾おうとは思わない。』ほら、これでもう立派なエッセイの完成やで。」

「なるほど…」

沈黙が流れる。
「感情は描ききれないもの」という彼の問いかけに対して、僕は何も答えたことになっていない返答をしたので、少し申し訳なかった。

「あ、でも、」

沈黙を破ったのは彼だった。

「文章じゃないですけど、音楽なら分かるかもしれません。曲を聞くと、いろんな情景とか、その曲をよく聴いていた頃の自分の気持ちとかが蘇ってきます。」

「わかるなぁ、音楽もまた記憶の糸口になるよな。あと、音楽だと、言葉とは違って、その時の言い知れない感情の全てを取りこぼすことなく保存できる気がする。」

「そうなんです。たとえば、アマザラシの『月曜日』って曲を聴くと、地元を思い出すんです。大学の編入試験のときにもアマザラシをよく聴いていました。最近の院試勉強のときは、ずっと真夜中でいいのにの『MILABO』聴いてましたね。」

「MILABOね~いいよな。ミラーボール怖がってアコギ持ち換えたら、ねぇ、見届けて欲しがりでも~」

歌詞の一部を歌い始めた僕を見て彼は笑っていた。うたたネさんは今日もご機嫌だなぁ、とでも思われていただろう。

他にやること沢山あるくせに

LE BAR KAWAGOE は木曜日の深夜にも関わらず、お客さんが結構いて、マスターは忙しそうにしていた。マスターがやっと一息ついた時に、僕は話しかけた。

「平日なのに繁盛してますね~売り上げ結構戻ってきたんじゃないですか?」

「いや、全然ですよ。たまたま集中している時間なだけで、12時超えると、暇すぎてそこでボケーと座ってますよ。」

マスターはそういいながら、空いているボックス席を指さした。

「そうなんですね。」

「でも、週末は結構お客さんが来て忙しいから一人手伝いに来てもらってますよ。東北大生ですよ。」

「いいなぁ、僕ももう三歳くらい若かったらここで働きたかったです。」

「またまた、他にやることが沢山あるくせに。」

マスターが茶目っ気たっぷりに言う。
僕はそれが嬉しかった。僕の人生にはまだまだやらなきゃならないことが沢山あって、それが生きる希望になっていることを不意に実感したからだ。憎しみと反骨心をエネルギーにしてきた僕は、少しずつではあるけれど、確実に変わり始めている。そして、このバーもその変化にとって大事な要因の一つであることは疑いの余地がない。

今回のお酒たち

今回楽しんだカクテルたちの写真を添えようと思う。
今までブログとかに写真を載せたことがあまりないことと、僕の美的センス壊滅していることによって、せっかくのカクテルを残念な写真としてしか記録できなかったことを猛烈に反省している。。。

次回からは、見栄えを意識した写真をお届けしようと思う。

Daiquiri (ダイキリ)

1896年にキューバのダイキリ鉱山で働いていたアメリカ人技師が考案したカクテル。ラムとライムジュースをベースにしたカクテルで夏にぴったりの清涼感がある。
美味しい。

SIPSMITH (シップスミス)

2009年に200年ぶりに認可されロンドンでスタートした蒸留所のジン。世界的なクラフトジンのブームの火付け役になった。今回はロックで。
美味しい。

Dr. Jekyll (ジキル博士)

テキーラをベースにしたカクテル。クランベリージュースとグレナデンシロップによって、飲みやすく仕上げられている。テキーラなのに飲みやすい二面性からこの名前になったらしい、しらんけど。
美味しい。

Martini (マティーニ)

言わずと知れた、カクテル界のイチロー。ジン中毒の僕には欠かせない一杯。オリーブが飾られることが一般的だけれど、辛口ズドーンとしていて欲しいのでオリーブはなしで、レモンピールを沈めてもらった。(我儘な注文)
美味しい。

Vodka Grapefruit (ウォッカグレープフルーツ)

マスターに「好きなスピリッツは何かありますか?」と聞かれた後輩が「ウォッカ」と答えて作ってくださったカクテル。寮の部屋に僕が常にスピリタスを配備しているので、僕の努力が報われた瞬間でもあった。
美味しい。

Singapore Sling (シンガポールスリング)

ジン中毒には欠かせないカクテルの一つ。チェリーブランデーやパイナップルジュースなどで甘ーくさっぱーり仕上げられた爽快感のあるカクテル。
シンガポール生まれのカクテルで、シンガポールの夕焼けの美しさから来ている。2015年に100周年を迎えた。
美味しい。

Silent Third (サイレントサード)

ブランデーベースのカクテル「サイドカー」のスコッチウイスキーバージョン。スコッチウイスキーとホワイトキュラソー、レモンジュースをシェイクしたもの。
美味しい。

頂いたお金は美味しいカクテルに使います。美味しいカクテルを飲んで、また言葉を書きます。