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オリジナル短編集

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オリジナルの短編小説です。色とりどりの物語たちをあなたへ。 ⭐️2024.3.12追記 公開していたいくつかの短編をKindleへ移行しました。もしも興味を持っていただけたらご覧く… もっと読む
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記事一覧

【短編小説】悪魔のLiar game(ライアーゲーム)

 あるところに怠惰で嘘つきの男がいた。その男に興味を持った悪魔のベリタスは、さらなる罪を犯させ、もっと堕落させてやろうと目論んだ。 (神であると偽って、この愚かな男を騙してやる)  古い賃貸アパートの散らかっている部屋。その、家賃を滞納している狭い部屋の真ん中に寝転がってスマホをいじっていた男の前に、突如として白く輝く神々しい姿のベリタスが現れた。 「私の言うとおりにせよ。さすればおまえが欲している富も名声も異性のパートナーも手に入るであろう」  度肝を抜かれている男

フェイク都市伝説「かさわらべ」

 五年ほど前、とあるネット掲示板に、こんな話が書き込まれた。  私は岩手県の某市に住んでおります。その日も朝から雨が降っていました。肌寒いような、気が滅入るような梅雨の時期らしい天気でした。  夕方の五時を回った頃、タバコを買うために外へ出ました。近所のコンビニまで傘を差し、その途中でのことです。  道の脇に赤い傘が転がっていました。小さなサイズの子供用のものらしきそれが、開いた状態で道端にポツンとあったのです。  何でこんなところにと思いました。  その、薄汚れた赤い傘の

夜の海底トンネルを歩く男 feat.オウマガトキFILM

『逢魔時ノ裏通リ』夜の海底心霊トンネルを独りで歩く男  自分の足音が灰色の壁に囲まれた空間にこだまする。それ以外は、壁の上の方に無造作に取り付けてあるスピーカーからの、ザァーというノイズしか聞こえない。  分厚いコンクリートで出来た壁。長年に渡る汚れがその表面にまだらな濃淡を作り、じっと見つめていると人の顔のように見えてくる。  ただの気のせいだ。  不気味な壁の模様も後ろからついて来るひそやかな足音も気のせいに決まっている。  この閉鎖的で異質な空間に囚われ敏感になって

スウィッチ

 またかと、彼はスウィッチを見つめたまま声にならないつぶやきをもらした。  消したはずのトイレの明かりが点いている。これで何度目だろうか。いちいち数えてはいないが、最近、スウィッチの切り忘れが増えた。  自宅の一階と二階にそれぞれトイレと風呂場、キッチンやリビングもある、いわゆる二世帯住宅の造りになっており、一階は彼の母親が使っていた。その母も三年前に亡くなった。しかし妻の晴美は一階の部屋を使おうとはしなかった。  夫婦に子供はいないので、二人きりのこの家で一階を使うのは彼だ

雪鬼ごっこ

はらりはらり まるで氷でできた指を押し当てられたかのように、冷気が頬を突き刺す。  はらり、はらり。  鈍色の空を見上げる。白い羽毛のようなものが、はるか高いところから音もなく静かに静かに降りてくる。雪だ。  はらり、はらり。はらり、はらり。  力なく差し出した手のひらに、羽毛のように、はらはらと散る桜の花びらのように、はらりと舞い降りる薄い薄い儚げな雪片。触れようとしたけれど、震える指先が届く前に、すうっと溶けて…消えてしまう。  はらはら、はらはら。はらはら、

灰色の街に今日も雨が降る with My Funny Valentine

→『マリアという女』の後日談 ♦︎登場人物 ・俺 私立探偵 愛車はシルバーブルーのフォード・マスタングGT ・警部補 太った警察官 俺は尊敬と揶揄を込めて警部と呼んでいる。 どうやら俺とは昔からの知り合いらしい。 ・マリア 故人 「マリアという女」事件で俺と出逢う。 ・カレン カレン・S・バラック プロ・チェスプレイヤー。 世界ランキング二位 「黒のクイーンは笑わない」事件で俺に仕事を依頼する。 #01 雨 今日も朝から雨だった。天気に文句を言っても仕方がない

しあわせのかたまり with 眼差し - ロクデナシ

眼差し - ロクデナシ  まだ半分しか覚醒していない耳に、かすかな、ギョリ、ギョリ、という音が聞こえた。小さな貝殻を擦り合わせるような静かな音だ。  膝の上に落ちていた文庫本をテーブルに置き、麻結美は軽く背伸びをしてから立ちあがった。  傾き始めた日差しのオレンジ色をした薄闇が入り込んだ部屋は、一瞬、景色が違って見え、自分の部屋ではない、どこかの全然知らない場所に見える。  静かすぎるせいかもしれない。  気晴らしに、途中まで読みかけだった恋愛小説を読み始め、数ペー

【短編小説】晴れときどき猫耳のキミ

ある晴れた秋の日に 夏が終わった。完全に終わった。夏休みなんて遠い記憶の彼方だ。もう蝉の声も聞こえない。その代わりに虫の声が聞こえ始めた。  朝晩は涼しい。空は高く、青く晴れ渡り、食欲の秋がやってきた。  今の時期に落ちてくるのは、ほんのり赤く色づいた木の葉とか冷たいにわか雨とか、運が悪かったら鳥のフンだって落ちてくるだろう。もっと運が悪かったら自分に命中することだってある。もしも通学中にそんな悪運に見舞われてしまい、もしも制服を汚されたら、回れ右で家に帰るしかない。

生まれなかった命は優しい夢を見る with Ju te veux - Satie

ジュ・テ・ヴ - エリック・サティ  サンダルを履き、重いドアを押し開けて外へ出る。途端にむっと真夏の熱気が押し寄せてくる。玄関先には折れた枝やちぎれた葉っぱが散らばっている。夜のうちに通過して行った季節はずれの台風の痕跡だ。  惨状の中に何かあった。それに近寄り、スカートの裾が汚れないようにたくし上げてからしゃがんでみる。  くすんだブルーの木の箱だった。アカシアの木の高いところに取り付けてあったはずの鳥の巣箱だ。大風に耐えきれずに落ちてしまったらしい。地面にぶつかっ

闇のなかの少女 with Gaspard de la Nait "Ondine"

天鵞絨の漆黒に抱かれて 光と闇が出逢う幻想詩 夜のガスパール"オンディーヌ" - ラベル 闇のなかの少女光が強ければ強いほど闇も深くなる だから光の手が届かない暗がりに少女は潜む 誰もが光を好むわけじゃない 誰もが闇を恐れるわけじゃない しっとり纏わりつく漆黒の静けさに抱かれ 怯える少女は震える小さなからだを 優しい暗黒の腕に委ねる 暗がりから小さな声がしても振り返ってはいけない 闇のなかから微かな囁きが聞こえても覗き込んではいけない 黒い眠りのなかで 少女は天鵞

【R18短編小説】百合の夜

Ⅰ  電話が切れたあとは、せっかくのひとりきりの時間を楽しむ気が失せてしまった。会計を済ませ、バーを出る。  結局、友人には電話できなかった。時間が遅くなってしまったせいもある。何を話そうかと余計なことを考えてしまい、気後れしてしまったのもある。  大通りまで戻り、タクシーを捕まえて自宅のあるマンションに帰ってきた。  麻里恵には部屋の鍵を渡してあった。そのマリエは電話で言っていたとおり、わたしを待っていた。ベッドの上に横たわり、一糸纏わぬ熱い体と燃える心を抱えて…。

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【短編小説】トロイメライに罪はない

♦︎前々話 ♦︎前話  11月の最後の金曜日。週末のBARはいつも活気に溢れかえる。 「お待たせしました。ナポリタンとエスカルゴです!」 「ありがとう」 「水割り用の氷をお持ちしました!」 「俺はバドワイザーのおかわりをよろしく」 「はい!ハイネケンもありますよ!」 「トイレはどこ?」 「突き当たりの右です!」 「璃世ちゃん、またピアノ弾いてよ」 「音大の子が来てくれたからリクエストはそっちへどうぞ!」  このビストロ・ド・ナイトの配膳担当兼雑用係のアルバイト兼看板娘

【短編小説】小さな時計屋さん with Smile - Nat King Cole

前話  BARの開店前に出勤した時は、まずはとにかくお掃除をする。お店の床を、埃が立たないように箒でそうっと掃いてゴミを取ったら、固く絞ったモップで磨く。お店の外の廊下も地上へ続く階段も、通りに面したビルの出入り口の周辺も掃除をする。 「いつもありがとう。璃世ちゃん」  お掃除を終えてお店に戻ると、バーテンダーで雇われ店長の笠井さんが、今日の限定メニューを黒板に書いているところだった。今日もオールバックの髪がきっちり決まっている。 「イワシが入ったんですね」  限定

【短編小説】As Time Gose By

As Time Gose By - Casablanca  夏の終わり頃に音大の女の子がアルバイトをやめてから、BARのピアノは弾く人がいなくなった。 「璃世ちゃんの知り合いに弾ける人いないかな。いたら紹介して欲しいんだよね」  オーナーの尾崎さんが私に頼み込んでくるのは、これでもう何度目だろう。 「そう言われても、私の大学は音大じゃないですし」  だから私も、お客様からオーダーされたワイルドターキーのハイボールを作りながら、前回と同じ返事をした。 「アルバイト求