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真穴・真網代・志布志 その1

・真穴(まあな)

何かを謎のまま残したような、何かの真実を表しているような、奥深い神秘の音を持つ。以前も書きましたが

真網代と穴井という地名を合わせて真穴地区と呼んでおり、愛媛県八幡浜市にあります。TSUTAYAやスーパーがいくつか並ぶ大きな道路を進むと、やがて現れる”海からいきなり山” ”山からいきなり海” の連続の風景が始まる。道路が驚くほど細くなり、真穴に入ったことがわかります。その山々はすべてみかん畑で、ひたすら石積みが施されており、初めてその風景を見る人はきっと、こんなところが日本にあったなんて!みんな思うはず。

そして、まさか、”真穴”という響きを私が生まれ育った鹿児島県志布志市で聞くことになるとは。


・真網代(まあじろ)

穴井でみかん農家をやっている方から、真網代で同じくみかん農家をやっている河野真典(しんすけ)さんを紹介してもらったのは昨年、2020年の夏でした。真典さんは農家の傍ら、真穴の歴史を長年調べており考古学者のような文化人類学者のような面も持ってらっしゃいます。


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(海外青年協力隊でインドに行かれていた経験があり、本も出版されています)

通されたご自宅の書斎には、いろんなジャンルの本がびっしりと並べられた本棚、並べきれない本はテーブルに積み上げられ、ご自身が作ったであろう資料もあります。私は歴史に無学なので、会話ができるのか?という心配が過ぎりましたがそれは無用でした。

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お会いしてすぐに、少年のように目をキラキラさせてやや前のめりな感じであるお願いをされました。
「志布志市のKさんという苗字の方を探しています。かつてKさんは真穴村の村長だったのですが(いつの時代の村長だったか忘れましたが、明治の終わりか大正始め)、トロール船に乗り始めました。南下していき志布志に行き着き住むことになり、志布志で漁業で生計を立ていたようです。そのKさんの親族がいらっしゃらないか、迷惑がかからない程度で構わないので見つけてもらえないでしょうか?」と切り出され、一瞬、意味がわからず、ぽか〜んとしてしまったけど、その苗字は志布志市では聞かないものだったのすぐ見つかるだろうという軽いノリ、と、
真典さんの情熱がとても新鮮でいい意味でわかりすいというか、シンプルな人柄に押され、私が力になれるなら、と二つ返事で引き受けることに。

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何より、自分が興味を持った”真穴”という土地と、生まれ育った土地が個人レベルではあるにせよ、つながっているなんて当たり前だけど知らなかったので、思いも寄らない展開にうれしくなりました。

いくつかの重要なポイントを渡され、戻ってすぐに地元の漁業組合を訪ねました。そのポイントが合点がいけば、真典さんが調査している古い資料のエビデンスというか根拠ができるようでした。


・志布志(しぶし)

志布志市志布志町志布志という住所に漁業組合はあります。(志がたくさんでちょっとくどいですね、ということだけが言いだけw)
訊ね人のKさんの手がかりをつかむことはできず、市役所でもダメ、まあ個人情報なので当たり前かもしれませんが。

実はネットで調べたところ、このまちに1軒だけKさんが存在することを事前に知っていたのであきらめず、ちょっと探偵気分。

そうだ、こんな時はどんなことでも割りと親身になってくれる、あそこだ。
「観光案内所」
その観光案内所は私が12年前に立ち上げに関わり、責任者を務めたところでした。やめてから行ってみるのは初めてなので、当時のスタッフはまだいるんだろうか?ドキドキしながら中に入りました。

スタッフも内装も様変わりしており、私が選んだパンフレット棚が残っているだけでしたが、逆に清々しく気持ちがよかったです。
「私、ここの最初のスタッフでした」と告げたところ、なんと!数名の方々が私の顔を知っており、そうですよね?と。なぜ?どうして?田舎の七不思議です。

そして本題の訊ね人Kさんのこと。街の歴史に詳しくボランティアの街歩き案内をされている方がいらっしゃるので聞いてみます、とその場で電話をしてくれました。
ビンゴ!なんと、その案内人さん(Yさんとします)のご自宅のすぐ横に住んでいる方が私が探している苗字でした。こんなに簡単に見つかっていいんだろうか。ご親族ではないKさんかもしれない。確証がないまま案内人Yさんの家に向かいます。

Yさんは地元の歴史以外にも幅広い知識を持たれており、機転が効く方だったので真典さんから預かったポイントをまとめた紙を渡しただけで何を知りたいのか理解してくれました。すぐに隣のKさんに連絡。ここでもまた出たビンゴ炸裂!あっという間に、訊ね人Kさんのご親族、孫に当たる方がだったんです。
見つかりました!

「真穴村の村長だったとは聞いています」
ここは志布志だよね?志布志の人が真穴と発している…ぞくっとしました。

奥様がすぐにK家1代目からの11代目?だったかな?(現在で13代目だったと思います)の位牌を出してきてくれました。村長さんになるくらいなので、やはり由緒正しい一族だったのでしょう。真穴から完全に志布志に移る時なのか、トロール船で真穴を出航した時点なのかわかりませんが、Kさんは歴代の位牌をすべて持ってきたようです。1代目が江戸時代から始まっており、もう私は何がなんだかわかりません。案内人Yさんに丸投げ状態でした。Kさんの親族が見つかった!というだけで喜びが大きく、満足で、不思議な感慨を覚え、頭が回らなかったのです。
とにかく早く真典さんに知らなきゃ、ということ以外は。

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その2に続きます。



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