見出し画像

小説「英彦(えひこ)の峰の気を負いて」抜粋⑫

英彦の峰の気を負いて 

四日目の最終日、全員が朝早く母校の校門前に集合した。七人の卒業生は校内をしばし散策して、近くの山国川の土手にあるカフェに向かった。

朝の陽射しは出ていたが、土手に出ると吹き曝しの風に一段と寒さが増した。メンバーはコートの襟を立て、手はポケットの中だった。遠方には、英彦山の稜線が目に入り、眼下には、蛇行する山国川の流れを見渡せた。全員が景色を眺めながら無言で歩を進めていた。
小幡は高校の校長と話をして遅くなり、近道から土手を見上げて、仲間の姿を追った。英彦山の峰を遠景に、同級生が歩く姿がすぐ目に入った。小幡は急いで坂道を登り仲間の列に追いついた。

しばらく歩き一行はリバーサイド・カフェに到着した。カフェは新しく、室内は木造の木の香りが漂っていた。店の窓から山国川、英彦山、近隣の山々が見渡せた。小説や画集が多数本棚にあり、抽象画が飾られ、クラシックの音楽が気にならないボリュームで流れていた。中年の夫婦と思われる二人が店の主人のようだった。

「あら、素敵、こちらは景色もいいわね。私も昔、この辺りの土手をよく通って家に帰ってたわ、昔と変わらないわね」橋本がコートを脱ぎながら声に出した。

「いいところね、静かで、目の前も開けてるし、ここも落ち着くわね」岩田も調子を合わせた。

しばらくして、それぞれが珈琲やパンを注文した。

「では、皆さん、40年ぶりの同窓会はあと少しで終わります。お疲れさまでした。これから、まとめに入りたいと思います」小幡の掛け声で、旅の最後となる会合が始まった。

「これから、少し感想を述べあって、それから、新しく文集を作るのか、決めたいと思います。最後はそんな感じでいいでしょうか。では、どなたからでも、話を始めて結構です」

「なんか、真面目な会社のミーティングみたいになりそうだけど、まあ、せっかくだから、少し語り合おうか。なかなか、全員がこうして集まれるのは、次にいつになるかわからないし」福澤が先に話をし出した。

「俺は、40年前と違って、次の文集は出さなくてもいいと思ってる。でも、その代わり、簡単な寄書きを残したらどうかな。テーマは故郷への恩返しで、これから何をやるかを自由に書いてもらって。一旦、それぞれ整理して1週間以内に、簡単な文にして出してもらえればいいかと。それと、これは俺の提案だけど、次は40年先というわけにいかないけど、今から17年先の2040年に、全員が故郷に集まるのはどうだろうか、皆さんの意見を伺いたい」

「いいね、そんな感じで。人生100年時代に地域とどう関わるかがテーマでいいんじゃない。俺も長い文はしんどいけど、短いやつだったら、帰ってすぐ出せると思う。それと、40年の同窓会も面白いね。みんなはまだ東京にいるかもしれんけど、俺が企画をしてもいいよ」朝吹がすぐに賛同の声をあげた。

「私もそれだったら、書けるかも。前回、私が文集に書いたのは「保険とライフプラン」でしょう。就職試験の準備で書いたし、文才もないんで助かります」橋本が賛成すると、他の全員も首を縦に振った。

「了解、じゃ、俺がグループチャットを作るから、それに寄書きの文章を送ってください。それと、2040年の同窓会の幹事は朝吹にお願いしていい、助かります」小幡がまとめた。

「異議なし、朝吹、よろしく!」平田がみんなの意志を確認し、朝吹も了承した。

「では、皆さん、一人ずつ感想を言ってもらって、同窓会の締めに入りましょうか。じゃ、平田からどう、お願いします」小幡から指名されて、平田は珈琲をこぼしそうになったが、気を取り直して話を始めた。

「小幡、今回はありがとう。お陰でいい旅になったよ。久しぶりに仲間とこんなに長い時間を過ごせるなんて有難かった。そして、こうして真面目に議論をする雰囲気、渋谷のバトーを思い出したよ。煙草を吸いながらお前が真面目に議論してた姿まで思い浮かぶよ」平田が話を始めた。

「そうか、失礼しました、あまり進歩してないな」小幡が言うと、みんなが笑った。

「小幡君は真面目スイッチがよく入るから仕方ないのよ。まあ、最後も楽しくやりましょう」橋本が助け舟を出して、平田は話を続けた。

「俺はね、皆さんみたいに地元への恩返しとか立派なことは考えられないけど、これからの先を考えると、まずは家庭の基盤を固めたいと思ったよ。今さらで恥ずかしいけど、これからK-Popは無理だけど、Netflixで韓国映画は見るよ。歴史ものも一杯ありそうだし、女房との話題作りから始めようかなって。それと、俺の場合、そんなに年金も出ないから、新聞社の社長から辞めろって言われるまで、仕事もするかな」

「平田君、いい心がけ、良かったじゃない。そう思い直せて。最初の日の夜、話を聞いて少し心配したんだから」橋本がすぐに反応した。

「いや、雅子ちゃん、その後にちょっと和田に相談したんだけど、俺の経済力じゃ離婚は無理だと分かったよ。これからもアドバイス頼むよ」

平田の話に切実感があって、今まで理想ばかりを語り合っただけに、地に足がついた議論になりそうだと小幡は心の中で思った。

「俺は今度、色々な人から話も聞いて、この町に歴史の題材は十分あるなと思った。これは新しい発見だった。中津だと知り合いも多いし、資料も見つけ易いと思ったよ。地元だし、興味も湧くんだよね。だから、俺はこれから、中津を題材にした小説を三本ぐらい書きます、どうかな」

平田の弁に、岩田もすぐに助け舟を出した。

「平田君、それ面白そう、私の家、昔の資料は山ほどあるから、調査はいつでも歓迎するわよ、親戚も紹介するわ」

「ありがとう。本を出せるかどうか分からないけど、頑張るよ。目標ができて嬉しいよ。じゃ、俺の感想はここまで」

「では、俺もいいかな」今度は、和田が話を引き継いで話をし始めた。

「俺も平田と同じで、まだ、しばらく時間は取れないけど、ちょっと思い付きで、豊後町の実家が空き家になってるから、あそこを古民家風に改装して、外国人向けの相談センターとして活かしてもらおうかと思ってる。親が昔、町の何でも相談みたいなことを無料でやってたから、俺は外国人のためのよろず相談ができれば面白いかと。運営はできないけど、誰かにお願いして、そう豊後町にいい不動産屋さんもいるし、彼に頼めるかな。あと、オンラインになるけど、年に数回、俺が法律相談を東京からやってもいいしね。思い付きだけど、俺はこんな感じ」和田が自分のアイデアを出した。

「和田、それいいと思うよ、これからいずれにせよ、外国人は中津でも増えると思うから。俺も将来、手伝いできると思う」朝吹がすぐに話に飛びついた。

「じゃ、次は私ね。話していい?」橋本雅子が待ち構えたように話をし出した。

「私も和田君とちょっと似てるかな。私は母親を東京に呼んだら、もう、中津に戻る機会はないと思ってたのよ。お墓もどうしようかと考えてるし。でも、今回、今までの田舎のイメージがちょっと変わったかな、さすが、小幡君のコーディネーションのお陰だと思うけど。私は、仕事はやっぱりできるだけ長く続けようかな。最近、辞めようと思ってたけど、皆さんの話を聞いて、思い直したわ。これからの人生をどう過ごすかなんて、あまり考えてなかったでしょう。皆さんみたいに、地域おこしだとか、応援する仕方も分からないし。だから、私は保険の仕事をずっと続けます。他にあまり取り柄もないので。でも、中津には実家が残るから、家は町おこしの人にお願いして、利用していただこうかしら。家の庭もあるし、何かの教室にでも使ってもらえないかなって思ってる」

「雅子ちゃん、そっちに落ち着いたんだ、良かったね。俺も安心したよ。じゃ、東京でまた、声かけるよ」和田が最初の日の夜、神社バーでの話を思い出して応えた。

「雅子ちゃんの実家の金谷町は静かで、昔の雰囲気もあるし、多分、地域おこしのメンバーに相談すると喜ぶと思うよ。今度、聞いてみるよ」小幡も応じた。

「じゃ、次は、俺の番でいい」朝吹が話を始めた。

「一応、これから話をすることは一切、口外してもらうと困るんだけど、平田、いいかな?」

「おう、どうした、びっくりさせるなよ、何か、重大発表でもあるのか、俺は取材に来てるんじゃないから気にすんな。大丈夫だよ」平田が慌てて返事をした。

「実は今回、実家で弟とも相談したんだけど、俺が中津に帰ることを考えてると言ったら、喜んでくれてね。弟も持病があって、彼の息子も後を継いでくれるかどうか、まだ、はっきりしてないみたいで、ちょうど弱気になってたんだよな。俺が酒蔵を手伝うよって言ったら、びっくりしてたけど、喜んでくれた」

「あれ、朝吹、お前、本当に代議士辞めるのを決めたんか?それ大ニュースじゃないか」平田が早速、声を上げた。

「だから、言っただろ、これからはオフレコだって」朝吹は平田の突っ込みに苦笑いをした。

「多分、5月のサミットが終わると、岸田さんが解散に出る、という話があってね、俺も早めに決断しようと思って。戻ってから支援者に俺の気持ちを聞いてもらうけど、次の選挙にはもう出ないつもりだ。中津に戻って、一市民として、故郷の役に立てればと思ってる」朝吹の話はすでに、メンバーの何人かは聞いていたが、みんなは驚いた様子を見せた。

「そうか、それは大変な決断だね。何十万人という選挙民の支持者もいることだし。よくよく考えてのことだね」福澤が朝吹に声をかけた。

「まあ、40年前は俺も大きいことを文集に書いて、政治家になったけど。今はなんていうか、もう少し手ごたえを感じて仕事をしたいんだよね。昨日の地域おこしの若者も良かった。俺も地域に入って、住民の立場で、故郷をよく出来たらって思ってるわけ。だって、ずっと鹿児島だろ、そろそろ地元に戻っても、支援者は文句言わないと思うんだよね」

朝吹のさっぱりとした姿勢に、みんなが一目を置いた。

「さすがに、朝吹君ね。ずっと世のため、人のために仕事をして、これからもしようとしてるんだから、やっぱり、すごいね、尊敬しちゃう」橋本が頷いた。

「じゃ、あと、次は私かしら」朝吹の隣に腰かけていた岩田郁子が話をし出した。

「私はね、朝吹君みたいに大胆なことはできないし、ずっと、東京に住み続けることになると思う。でも、年に一度は中津に帰って来ようと思うようになったわ。もう両親はいないけど、家もそのままあるし。私も、今回、新しい故郷を発見したというか、色々な経験をさせていただいて、はじめて、私も何か役に立てることがあるかしらって、思ったわ。私も生涯現役で今の事務所もやっていくし、リタイアはないけど、今度、地域とアートを結び付けたら面白いって思いました。でも、私の場合、ボランティアというより、スポンサーを募って、アートで何ができるかを考えてみたいかな。今回は、貴重な体験をさせていただいて、感謝してます」岩田が頭を傾けた。

「いや、郁子ちゃんにもそう言ってもらえると嬉しいよ。俺も東京から人を田舎に連れて来て、色々と体験していただくことが大切かと。いずれ化学反応みたいなものが起こるんじゃないかと思ってね。あまり難しいことは考えないで、ツアーコンダクターをやってればいいかって、最近は思ってるよ」小幡が岩田に話を合わせた。

「じゃ、最後、俺もいい」福澤が話を始めた。

「俺は、朝吹とちょっと似てるというと悪いけど、近い感じかな。これも一応、オフレコにしておいて欲しいけど。俺の進退の話でも会社の株価に影響を与えるので、すまん、平田、よろしく頼む」

「ハハア、心配すんなよ。お前も社長辞めんのか。今日はビッグニュースが二つもあるんだな」平田が残念そうな口ぶりで反応した。

「何人かには話をしたけど、俺は次の株主総会で正式に辞めることにした。来月の役員会でその話を持ち出す予定だ。さっき朝吹も言ってたけど、大組織よりも、もう少し小さい組織で、顔が見えるような範囲で次のことをしたいと思ってる。もちろん、格好をつけるわけじゃないけど、故郷への恩返しで多少の金も出す。月に一度はこっちに戻りたいかな」

「それで、何をやるの、福澤君?」橋本がすぐに質問した。

「そう、ごめん、まだ、構想はこれからだけど、教育とか起業の関連で、中津で何か支援事業ができないかって思ってる」

「あれ、福澤君、まだ仕事をするんだ?」橋本が更に突っ込んだ。

「いや、自分はアドバイザーの役割かな、もう、運営はできないよ。起業支援を通じて、地域の人材づくりみたいなことが手伝えるといいかと思ってるよ」

「さすが、素敵な話ね」橋本は感心した様子だった。

「最後はやっぱり、人づくり、教育に関心が行くよね、さすが、福澤だね」和田も感心していた。

「みんな、やることが見つかって幸せそう。私だけが故郷から離れるみたい。でも、たまに、みんなで東京でも会おうよ、これからは少しみんなも時間ができそうだし」

橋本雅子が真面目な顔で言うと、平田も「そうしよう、年に数回はできれば会いたいよな。今回、みんなが決めたことの進捗も聞きたいし」と継いだ。

「それで、最後、小幡、お前は自分はどうするんだ、これから?」福澤が小幡に話を振った。

「ありがとう。皆さんの話を聞いて嬉しいよ。俺は博多にいるし、中津も近いので、これからも月に一回は中津に来ようと思ってる。まあ、細く長く若い人たちと付き合っていけたらと。具体的に、俺が専門的に手伝えるとしたら観光関係かな、前の仕事の延長線上だし。中津の城下町も耶馬渓も、欧米の外国人旅行者にも受けると思うんだよね。まあ、仕事とボランティアを半々のような感じで続けたいなと」 

「それはいいわね、小幡君に合ってる。ここ数年で中津の色々な人脈もできてるし、頑張ってね」橋本が隣に座る小幡の肩を叩いた。

「俺も中津に戻ったら、小幡とも一緒にやれそうだから楽しみだ、その時はよろしくね」朝吹も小幡のアイデアに賛同した。

珈琲を追加注文して、しばらく座談は続いた。店には他の客も入り始めていた。

「じゃ、そろそろ時間になりました。この四日間お疲れさまでした。これにて、お開きにしたいと思いますがよろしいでしょうか」小幡の掛け声で、全員が席を立った。

「最後に、外の土手で、山国川と英彦山をバックに写真を撮ります。ちょっとお店の人にお願いするので、外で待っててください」小幡の合図で全員が店を出て、土手の道で待機した。

「じゃ、皆さん、よろしいですか、何枚か撮ります、はい、チーズ」
店の主人の声がけで、全員の写真が撮られた。何人かが駆け寄って自分のスマホを差し出し、撮影が続いた。

「じゃ、こちらの写真、グループチャットで、後で皆さんに送りますね」小幡が声をかけた。

「では、ここで、解散することにしましょう、皆さん、今回の参加ありがとうございました!」小幡が締めの言葉をかけると、全員から「お疲れさまでした!」の声が上がった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?