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独裁者の統治する海辺の町にて(5)


組織が教会を調べているということは、登坂を抹殺させたのは反組織的思想に理由があったわけではないということか。いや、それもあったかもしれないが、それよりもほかになにか。

おれは、そこまで考えて、ひとつのことを思い出した。

2年前の5月だった。登坂神父の告別式が終わり、教会を出たところで登坂に呼び止められた。そして、自分になにかあったら、澤地久枝と会ってくれと言って、薔薇畑の方に目を向けた。彼女は薔薇の向こうからおれに黙礼した。

「眠くなっちゃった」
凛子は眼帯をとって、義眼を外し、おれに投げてわたした。おれはそれをケースに入れ冷蔵庫の上においた。

凛子はすでにベッドの上に裸のまま仰向けに寝ころんでいた。おれはあいつがは飲み食いするときにはね除けていたタオルケットを大の字になった裸の肢体に投げつけ、言った。
「今から出てくる、おれが戻るまでここから一歩もでるなよ、分かったな!」
「どこいくの」
「お前の知ったことか!」
凛子は返事をしなかった。鍵はかけて出たが、無駄に決まっている。おれは、向かいのカフェでスパゲッティを胃袋にかっこみ、単車で町立病院に向かった。

病院は町の西端の丘の上にある。そこの第3病棟におれの母親が入院していた。病室は二階にあり、そこからは海が見えた。

「身体の具合はどうだい」
母はおれの目の下の青痣に目をとめたがなにも言わなかった。
「すこし、息苦しいときもあるけど、しんぱいないわ」
病室はもとより病院内はすべて監視されている。
おれはベッドで身体を起こそうとする母親を介助し、そのまま立たせて、窓際まで一緒にいった。

湾には晴れているのに一艘の舟も浮かんでいない。

「士郎が殺されたよ」おれは海の方を見ながら小声でつぶやいた。
「お父さんと同じね」母は冷静だった。おれはどっちのだと聞きたかったが、やめた。長引けば疑われるし、たぶんどっちもそうだと思ったからだ。

面会は15分以内と決まっていた。
「士郎に澤地さんに会えって言われてるんだが・・・」
おれは母をベッドまでおぶった。
「ナースステーション」母が耳元でとささやいた。
ひと月前より軽くなっているように思えた。

ナースステーションの前をおれは看護婦たちの顔をわざと物色でもするように眺めながらよこぎった。階段の手前で思惑どおり、澤地久枝は追いついてきた。おれは、振り向かずに一枚の小さなメモ用紙を彼女に手渡した。

      士郎 殺害さる
      8月7日 午前10時
      教会前の坂

彼女は階段の途中でちょっとよろめき手すりにつかまった。おれは、なにくわぬ顔で素通りし、玄関から出た。

正午だった。教会の鐘が鳴った。凛子がならしているにちがいなかった。
                              (続く)

https://note.com/kita_hata/n/n3d335ee1b7ee


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