閑古鳥が鳴いている

雑踏のなかからひかえめにしかしはっきりと聞こえる。

それは人を呼ぶ声のようだった。

私を呼んだかは定かではない。ただもの寂しそうな声が私の耳に届いた。

さなかでは気にもとめなかったが、いまはっきりと認識をした。あのうっとおしい人中の奥から幾度も鳴いている。

ああ又だ。私は微かに聞き馴染みのある呼び声をよそに歩いていく。足を留めたのはいつの日だっただろうか。いつもの似た日のなか私はふと身体を動かすのをとめた。仄かに滲む気持ちのすれが重石となり、あの呼子の声に応えてしまった。私は考えもなしに雑踏へと向かった。同じ道をなぞる必要がないと感じたとき、どこか足取りが戻り跳ねているかのようだった。わき道へわき道へと迷わず進んでいく。音に囲まれていたところを抜け、通りに出た。そこは寂しげであの鳴き声にぴったりだった。

ああ、あいつか。シャッターの隙間から呼子鳥が覗いている。私を呼んでさえ熱心に鳴き続ける。見るものもなく、私はゆっくりと近づいていった。小さな籠に一羽だけの呼子鳥。

見つめ合いながら歩いていく。

まさしく閑古鳥が鳴いているなと、思うその頃に違和感を覚えた。これだけの距離でもこの鳥は一点を見続けているのか。そう、これはおもちゃなのだ。しばらく考え込んでしまったが、おもちゃだったのだ。はあ。溜息を吐き、私はその場の灰色の地面に座り込んだ。風はなく、薄く空の色が広がっていた。誰も見てはいない。この場所には私と呼子鳥だけ、少なくとも私にとっては。

まだ呼ぶ声が鳴り止まない。

明日にまたなぞる道の先をまた心に浮かべ、ただそこに座っている。

うちへ帰ろう、そう立ち上がったのはあまり時間もたっていないときだった。内側から充満したもやを蓄えたまま歩き出した。私はその場の目的のためにただ歩くことしかできなかった。帰る頃になっても日は沈むことはなく、いつもは目にすることのない時間帯の家があった。着た服を放り投げ、定位置に座る。それでもあのときの場所とは変わっていないようだった。私と呼子鳥だけの場所と。

ここに居るだけで辺りは暗くなる。やることもなく、灰色の暗闇の部屋に向かい、寝る態勢へとはいる。目を閉じても意識が閉じていくにはまだ先のことだ。私はずっと待ち続ける。朝を、眠るのを。

静寂な空間のなか耳鳴りが続いている。

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