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『写真よさようなら』が並んでいる本屋

三島に行ったときのことだ。旅の目的だったラーメンを食い、神社を参拝して、観光気分はピーク、ちょっと電車がくる時間を暇つぶししようかなと思ったと起き、本屋を見つけた。

本屋、といっても、壁の棚にはまだ本は少なくて、まるで一人暮らしを始めたばかり、これからこの棚に読んだ本を詰め込んでいこう、なんて風情の店だった。
入ってすぐのテーブルに、ZINEが並んでいて、物色していた。
僕のほかに一人客がいて、レジにいるお店の人と話していた。おしゃれと古臭いロックテイストがミックスしたような格好で、こだわりがあるんだろうな。あまり僕の周りにはいないタイプだ。

でかい声で早口で、あの店がどうこう、京都に行ってどこそこのやつらと朝までカラオケした、などなど、店にいるあいだ、その人の社交ぶりを知りたくもないけど知った。僕も知っている店の人々とも交流があるらしい。
そして、そういえば、と森山大道の写真集の話をしだした。
「前に出たバージョンがもう品切れでメルカリで高値で売られている」と語った。お店の人は、「そうなんですか」とタブレットをいじり出す。あまり知らないらしい。
「この店に置いておくといいよ、店に合っているし」
そう男が言ったとき、さっきまでその男のことをちょっとばかり軽蔑していたのに、いいな、と素直に思った。
森山大道が似合う本屋って、最高にかっこいいじゃん。この男は、これからこの本屋がそんなふうになっていく、と思っているのだ。

僕はかつて本屋で働いていて、お客さんが欲しい本がなかったとき、「ここならきっとあると思ったのに」と言われたりしたことがある。
それは「ジャンプは売り切れてないです」とかでなく、「この品揃えの本屋ならきっとあるに違いない」というニュアンスで。
知っていて入荷していなかったり発注していなかったり(とくに取次を通さないものは慎重になるので)、そんな本が出ていたなんて知らなかった、というときだってあった。

男はひとしきりしゃべってなにも買わずに去っていった。
そして店員さんが僕に話しかけた。
「それは小田原の本屋さんが作ったもので」
僕は手にしていた本を買った。
この店はオープンしたばかりだと聞いた。

なかなかあちらには行かないけれど、きっと森山大道の『写真よさようなら』があの本屋の棚に飾られているんだろうな、と思う。きっと面陳で。
店主は自分がいいと思うものしか置かないっぽいし、まだまだ棚に余裕はあるんだろう。いや、ジャンプとか置いちゃうのか? 売り上げも大事だしな。
長く続けて欲しい。で、また行ったときになにか本を買おう。
『写真よさようなら』はよそで買ってしまった。だから、別のやつを。

ここで、いつかあそこで買おう、ってオチにしたらかっこいいんだけれど、そのときを待っていられなかった。
学生時代以来(前の前のバージョンを持っていた)開いてぱらぱら写真集をめくりながら、
「この写真集について語ることはいまだにうまくできそうもない。でもこれが興味深く、面白いものだということだけはわかる」
と何度もぱらぱらめくる。


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