あたたかさ (2004年のコラムです)

 十年ほど前、東京で記録的な大雪が降りました。夜中の十二時を回ったにもかかわらず、外の景色は雪明かりでかすかに見回すことができ、目に映るのはまさに純白の雪景色でありました。庭にある梅の木は、まるで雪に手を指しのべている様子で紅い梅は何か温かさを感じさせてくれます。そんな干渉にふけっている間もなく、家族から雪かきを命ぜられました。「何もこんな夜中にしなくても」と問うと、何やら明日、京都より入らした茶菓子の名人である某茶人が暁の茶事をするとのことで、しんしんとした外とは逆に内は大慌てでありました。渋々、防寒着を身にまとい外に出ますと、冷たい風が頬を刺し、すぐにコタツが恋しくなるほどの寒さです。大きなスコップで玄関前から雪をかきますが、いくら雪をかいても後ろを見れば基のその一、時は丑三つ時に入りても真夜中とは思えぬ明るさに雪の量は増していくばかり、寒さなどは遠くに忘れ、温かさを越し、汗まで出るほどでありました。力任せに雪をかき、道路とスコップのこすられるリズムは童心を沸かしてくれます。これから茶事があることも遠くに忘れそうになります。
 しかし、茶庭の露地となりますと、力任せの雪かきと言うわけにはいきません。無意味な足跡は最高の景色を消し去るので付けない様に気を使い、蹲踞の手水鉢・手燭石・湯桶石には南方録にもあるように見た目に美しいように水を掛けて雪を解かし、腰掛け待合の屋根の上は客に雪が落ちないほどにしときます。半蔀(はじとみ)に積もる雪も落とし、上げやすく周りの雪をかき、木々の枝に積もる雪も客に掛からぬよう気遣いしたいものですが、木々の力に任せて景色を残しておきます。特に気を使わなければならないのは蹲踞の前石と飛石であります。大雪といいましても北国のように数メートル積もることもなく、雪の積もった露地の飛石は他の地面にある雪より盛り上がっているので、位置の場所は推測できます。蹲踞の手水鉢・手燭石・湯桶石などと違い人が石の上を歩くので水を掛けたままにすると凍ることもあり、滑りやすくなるので湯を掛けて雑巾で拭き取り桟俵を上に敷きます。桟俵によって新しく積もる雪は数センチであれば吸収され、客が入らした頃に桟俵を取り除くだけですむのです。桟俵が無くても、新聞紙の束等を代用すればすみますが、紙のため後始末に手間が掛かるのが難点です。席入り前に慌てるよりは、前もって用意する方が無難であります。飛石の周りも着物の裾があたらないほどにしときます。あとは雪が露地を清めてくれます。
いくら水屋方が夜中に雪かきをし、露地を歩きやすく作務をしたとしても、自然が生み出した景色、灯籠に積もる雪、雪の重みに耐え揺さぶられる木々には負けてしまいます。いえ、それらに勝ってはいけないのでしょう。露地の風情を引き立てることが亭主・水屋方の仕事であります。客は腰掛待合にて露地下駄・露地笠の雪を掃い、白い息をこぼしながらも露地の風情を味わうことで、白く冷たい雪にもきっと温かさを感じてくれます。雪にばかり頼っていてもいけません。自然の露地と調和することも大切であります。腰掛待合には大振りな擂り鉢等を手あぶりとして置き、それに雪でも舞えば、まさに「紅炉一点雪」。その一瞬を客が待ち望んでくれる姿が目に浮かびます。南方録には「手水鉢の石、又ハ其辺の木どもに景気おもしろく降つミたるにハ、其のまま置きて、手水は腰掛に片口にて出すもよし」とありますが、手水鉢・飛石を清め、湯桶石に湯桶・塗片口等に湯を張り置くことで「春風春水一時来」となるでしょう。様々な亭主方の心遣いも、客に温かさを感じさせてくれます。自然と亭主の調和が客の心を温かくしてくれるのです。「雪は茶人の心をとらえる」とはうまく言ったものです。この日の主客は最高の温かい茶事を味わえたことと思います。


とある切っ掛けからデザイナー、建築家、音楽家などクリエーターが集まる稽古場に寄せさせて頂いております。その会員の人々は個性が豊かというより豊か過ぎるところもあり、いつも違う視線から茶を味わっているので、手の付けられないような茶会もあり、こちらが頭を悩ますことも多々あります。しかし、美的センスや新しい発想はすばらしいもので私のような凡人には手が届かないものがあります。そして何より、この人達は心が温かいのです。
数ヶ月に一回ある茶会は、一人のクリエーターが亭主となり、茶会そのものが作品となります。これまでにも様々な茶会がありました。お好み焼きを点心に取り合わしたお好み焼き茶会、ブドウを菓子、ワインクーラーを水指に、コルクは三つ人形の蓋置にしてワイン茶会など普通の茶会では考えられないことを当たり前のように一つの作品にまとめ釜をかけます。初めの頃はごく当たり前な茶道を志して来たに私には首をかしげることばかりでありましたが、今ではだいぶ慣れたのか変わったことに期待することもあります。ある年の真冬のことです。一人のクリエーターが提案した茶会は鍋茶会でした。理由を聞けば「鍋は温かいから」とのことです。
軸は大綱和尚画賛豆腐ノ絵、花入は玄々斎好卵形、水指は了入造土鍋、棗は蕪蒔絵、茶杓は井口海仙作銘有り合わせ、茶碗は保全造鳥ノ絵、建水は鍋の灰汁入れでした。


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