全国模試5位、元気にしてる?
「知的な財産はたくさんストックしたらいいよ。いつかきみの役に立つから。」
当時の私には、全国模試5位の言葉の意味がわからなかった。黒板に書いてある数学の公式がこれからの人生において財産になるなんて思えなかったし、ビーカーの中の薬品を混合させて化学反応を起こす実験自体の意味が解らなかったし、校庭を10周走ることが何の役に立つのか考えたこともなかった。ただ、生まれたときから碁盤の上に載せられて勝手に駒を動かされているような気がするだけで、人生とは、とか、生きるとは、とか、漠然とし過ぎて理解できずいた。私はそれよりも、風でオールバックになる自分の前髪の方が切実に気になった。
私は、全国模試5位のその言葉に「うん。」と適当に返事をして窓から入る風でオールバックになった前髪を直しながら、窓を閉めた。すると、隣の全国模試5位から
「ぼくと一緒の高校へ行こう。」
と、突然告げられた。私は窓を閉めた後に、全国模試5位に「はい?」と、問い直すと全国模試5位はまた同じことを口にした。ガヤガヤした教室の中で、頭のいい人の思考回路はどうなっているのか、と思いながら
「えええ、それはできんよ。私、頭悪くて無理やし、その高校の制服はブレザーやん。私は制服がセーラー服の〇〇へ行くつもり。」
と、応えた。すると、全国模試5位は
「ふーん。まあ、〇〇だったら学校が近いし、いつでも会えるね。じゃあ、約束ね。」
と、言うけど当時の私は前髪のことしか気にしていなかったのでそれが告白とも気付かずに碌な返事もしないでホームルームへ移行した。
それから全国模試5位は、推薦で一次志望校への入学が決まった。私はといえば、最終の三者面談の日に先生の前で母と大喧嘩して志望校を家から一番近い制服がブレザーの高校へ変更させられた。
「あんた、アホやろ!?志望動機がセーラー服が着たいからって!?アホやわ!?まだ一人暮らしはさせんからね!!」
母は、私につかみかかる勢いでヒステリックに言い捨てた。今思えば、母の言い分が正しいけれど、私は納得がいかなかった。けれど、最終的には先生も「親御さんの意見が正しいから。」という理由で制服がブレザーの高校に進学することになった。
そして後日に全国模試5位が「進路はどうなった?」と訊いてくるので、私は不機嫌にことの顛末を話した。そうしたら全国模試5位はがっかりした様子で「仕方がないよ。また会えるさ。」とつぶやいて、難解なドイツ文学の本を読み始めた。さすが、全国模試5位である。
私はそのクールな姿勢に好感を持てた。いつもふざけてイキってわちゃわちゃしている他の男子よりも、落ち着いて大人っぽいし頭いいし違うものは違うと言える強さがあるし、私みたいに風に流される前髪と一緒で、規律と属性に従い真面目に動くことしかできない人とは違う全国模試5位のことを尊敬していた。
そして、卒業式の日に全国模試5位は、私の家へ来て高校の寮の住所が書かれたメモ用紙を渡してくれた。
「ぼく手紙を書くから。じゃあ、またね。」
そう言って全国模試5位は余計な話をせずに帰った。私はその後ろ姿にギュンと心を持っていかれて、切ないような激しいような深いような衝動が体内で動いている感覚になった。
それは恋。
今の私ならそう言ってあげられるのに、その当時の私は、誰にも相談することなく着たくもない新しいブレザーの制服で高校生になった。
それから全国模試5位と手紙のやり取りを数回して気がついたらそのやり取りは途絶えていた。私はそのことに気にも止めることもなく高校生活を送った。その間も、なぜ自分が頑張って勉強するのか、その意味を見い出せなかった。やっぱり強制的に碁盤へ載せられてやりたくもないゲームにエントリーして、いつ終わるかもわからないそれに四苦八苦しながら生きている。
私は碁盤の上で少し苦しくなると全国模試5位の言葉を思い出す。
「知的な財産はたくさんストックしたらいいよ。いつかきみの役に立つから。」
知的な財産を得ることの歓びを最近になってやっと解るようになった。生きているうちは、年齢に関係なくいろんなことを吸収していきたい、と思っている。
いま全国模試5位はどうしているだろうか。知性の翼を大きく羽ばたかせて世界を飛び回っているだろうか。
全国模試5位、元気にしてる?
冷めた青
知性がゆらす小さな火
いつかのきみに話しかけるの
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