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Independent Women.


乾風が吹く夜空は、星たちが瞬きながら小さな光を放っていた。部屋を暗くして窓から見るそれは、漆黒というよりも蒼ざめた闇があちこちを染めていて、そして、それら以外は私の輪郭すらも容易く崩していくのだ。

私が女として生まれたのは先天的に母の腹の中で「神様!はい!はい!私は女になりたいです!」と挙手した訳ではない。小さな卵子が精子と受精し細胞分裂を繰り返して私の形ができあがった。そして、私はそのことに対して特に文句はないが、細い産道を通る際に胎動により首へ臍の緒が巻きついて産まれ落ちたらしい。仮死状態の私を医師が逆さにしてお尻をぺんぺんと叩いたら初めて「オギャー!」と泣いて呼吸が初まった様子で、もちろんそのことは憶えていないのだけれど、素直ではない天邪鬼な私にありがちなことだな、と思った。

それから私は当たり前のように女として育てられた。女の子なのだからお淑やかに、とか、女の子なのだから赤色のランドセルを、とか、大人からの注文に従いフリル満点のワンピースやスカートを着せられて長い髪をポニーテールや三つ編みに結えて、そのことに対して何の違和感もなく過ごした。ときどき、言葉遣いが荒っぽくなると、男みたいな言い方になってるよ、と窘められることはあったけれど、そのことに対しても反感もなく「あ、ごめんごめん。」みたいな軽いノリで軌道修正していた。その頃から恋愛対象は男で、いつか素敵な男の人と結婚して子どもを作るだろう、と漠然と思っていた。

いつからだろう、それは憶えていないけれど、女だからこうしろ、という大人の支配に腹が立つようになった。私は女である前にただのニンゲンだ、という自我の芽生えが突如と湧いて現れた。それから大人が言い続ける女という看板に赤いペンキでニンゲンと書いて生きるようになった。ワンピースやスカートよりもジーンズやズボンが好きだし、Tシャツが大好物だ。外側も内側も女ではあるが、それ以上でもそれ以下でもなくただのニンゲンなのだ。

しかし、周りにいる人たちは私に、彼氏を作れ、結婚しろ、そして子どもを作れ、それが女の幸せである、と言うようになった。それは、歳を重ねる毎に激しさを増していく。私は、その古臭くいまにも壊れそうな木箱にはめられた女の幸せに祝儀の水引をつけて渡されたところで「私は、結構です。」と丁寧に返したら、あの女は変わっているとか素直じゃないとか天邪鬼だと陰口を囁かれた。一時期、そのことで悩んで苦しかった。

なぜ私には世間相応の女の幸せを送ることができないのか。一体なんの不満があるのか。

と、縮こまった心持ちでいた。その道から外れて生きると切腹しなければならない閉塞された空気感はこの時代になってもまだ根付いているのだ。

周りがそこまで言うのなら──と自分の意志ではない生き方をしようと思ったことがある。亭主を持ち、お淑やかに微笑み、赤色の刺繍が施されたワンピースを着て、子どもを育てる。その道を否定している訳ではない。私もその道で育ったのだ。ただ私にはその女の幸せが窮屈でならないだけのこと。そのことに囚われて何にも楽しくなかった。音楽を聴いても細胞は明るくならないし、小説を読んでも心は動かないし、映画を観ても色のついた情景は流れるだけだ。淡々と日常を熟していた。

その間も、女友達が「生きにくいね。」と漏らしたり、男性から厭なことをされたり強要されたり酷いことを言われたり粘着質な視線を浴びたり、女性から恋人がいないことや未婚ということでマウントを取られたと聴いたり自身がその目に合うたびに、胸の奥では烈しい憤怒で心が爛れた。なぜこんな目に遭わなければならないのか、悔しくて悔しくて堪らなかった。

そんな折に、私は事故に遭い生死を彷徨った。そのときの記憶はぷっつりと細切れになっているけれど、暗くて狭い産道をもう一度通るような気がした。首に臍の緒が巻きついて誰かにお尻をぺんぺんと叩かれて覚醒した訳ではなく、目が開いたら白い部屋にたくさんの管に繋がれた私が存在していた。最初は、ここがあの世か、と思っていたけれど、看護師さんがやって来てその後に先生がやって来ていろいろ診察されたあとに「無事でなりよりです。」とお声がけくださって、自分がまだこの世にいることをぼんやりと思った。

そして、身体が回復していくと、何か生きた証を残したい気持ちと過去を埋葬したい気持ちがむくむくと湧いてきて、やったことのないSNSで文章を書いてみようとnoteに漂着して、下手くそな文章だが自分の軌跡を放流した。自分のことを書きながら誰かのnoteもたくさん拝読した。そのとき初めて気がついた。

生きにくい、と思っているニンゲンは私だけではない。みんなそれぞれに何かを抱えて生きている。

私はそう思うと、何か得体の知れないもやもやしたものが体の外へ下る気がした。

せっかく生き残ったのなら、私の生きたいように生きてみよう。ずっとずっと遠い夜空の上でひとりきらめいていこう。

そのとき初めて男も女も関係のないただのニンゲンになれた。そして、このままゆこう、と決めた。自分の足で立って自分で考えて私が私であることを、その存在をあきらめることはやめにした。それでも生きていると、理不尽なことに遭うのだけれど、それもスパイスだ、と思うようになれたのだ。平坦な味よりも凸凹しているけれど、その落差に新しい風味を感じながら過ごしていきたい。

乾風が吹く夜空は、これでもかと星たちで溢れていて、それはいつか銀河になる気がした。






乾風に夜空の星がただひとつ銀河になるとつぶやいている





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