もうずっと空に憧れている


もうつかれた、といって顔をあげたら空が青かったから隣のエイコに教えてあげた。ねえ、空あおいよ、快晴だねと言うと、ああ、そうだねえー、と間延びしたこたえが返ってきた。

彼女はさっきからずうっと、単語帳をめくりめくり、もう入りもしない英単語を必死で脳のしわに埋め込んでいる。もう、無理だって、あきらめろよ、と言ってやりたい私も受験生だった。勉強、しなきゃなあ。

もうずっと空に憧れている。

やつは、広すぎる。そして青すぎる。
見るからに自由すぎる。邪魔なものは鳥と飛行機しかない。


そんなのってずるい。私たちにはいっぱいあるのにさ、邪魔なものがさ。
いま思いつくだけでも数えきれないくらいだよ、学校、先生、テスト、部活、塾、親、毎朝きまった時間に起きること、朝ご飯は食べていきなさいっていうお小言、補習、補習、補習、そして受験。


私たちは受験生だ。
それは重すぎるレッテルだ。


受験生です! っていうだけで何か偉くなったような気がする。特に何もしていないのに。


「鳥になりてえー」
「あんた、空になりたいんじゃなかったの」
「現実的じゃないよ」
「鳥も現実的ではないけど」


ははは、と笑ってごまかす。そして単語帳を捨てた。エイコが一生懸命めくっていたやつ。もう無駄だからやめろ、っていう意味で。

エイコ、怒るかな、と思ってちょっと身構えたけれど、捨てられたことも気づいていないくらいぼけっと空を見てた。私もつられて空を見上げる。


私たちは、受験生だ。
なりたくてなったわけじゃない。


受験生になります! ってどこかで宣言したわけじゃない。


今すぐにでも、学校を辞めれば受験生ではなくなる。勉強しなくていい、受験もしなくていい、でもそれは、誰かが許さない。誰が許さないの?
親だよ。
世間だよ。
日本っていう狭い国がだよ。
そんなものに縛られてとらわれて私たちは生きているんだ。
でもしにたいわけでもない。


エイコ。なーに。しんどいね。そうだね。受験いやだね。うん。落ちたらどうしよう。
あんたね、受ける前からそんなこと、言うもんじゃないよ。
そうだね。

私は空になりたい。
自由だから。広いから。何にも囚われてないから。いろんなこと、考えなくていいから。
こうやって生きているだけで褒められる世界にはやくなればいいのに。



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