改札前で号泣告白された話

 大学生の頃、年下の男に改札前で号泣されながらの告白を受けたことがある。

 とあるサークルというか愛好会の類に所属していた私は、日がなのんきに好きな本を好きなだけ貪るように読んだりたまに気が向いたら何にもならない文章を書いてネットに投稿したりしていた。
 こう書いてみると今の生活とさほど違いがなくて愕然とする。
 そこに入部してきた年下の男を仮名:正平としたい。

 私の中のどの部分が正平のハートを射止めたのかわからないが、入部以降やけにわかりやすく好意をアピールされる日々が続いた。

 顔は中の下、スポーツをやっていて筋肉質で身長は私より高い。素直で良い子なのだがいかんせんちょっとしつこい。そして空気が読めない。自分の気持ちが先走るあまり人の都合を省みないところがある。

 ある日、「渡したいものがあるんです」と言われて袋を渡された。中を見てみるとw-inds.のCDだった。ダンスをやっている彼の大尊敬する神様的存在らしい。
 この曲が好きで、ここの動きが良くて、この歌詞が最高で、と力説され実際に目の前で踊られた。一ミリも興味が湧かなかった。
 聴いてみてください! とキラキラした目で言われたのを今でも覚えている。w-inds.は全く悪くないが今でもあまり印象が良くない。

 私は大型犬が苦手だ。正平はその大型犬を飼っていた。苦手だというのに無理やり触れ合わされた。
 お気に入りのブーツがべろべろ舐められてもうべろべろ、何をしていてもべろべろ、何を話していてもべろべろ、常にべろべろとべろべろされてもう心底帰りたくてたまらなかった。
 こんなにかわいいのに、犬が苦手なんてもったいないですよ~! かわいいでしょ~! とまたキラキラした目で言っていた。
 他人の気持ちを慮るという最低限の対面マナーをだれか叩き込んでやってくれと願わずにいられなかった。

 だが、決して正平は悪い人間ではないのだ。

 自分都合で突っ走る部分もあるけれど、まあ年下だと思えば可愛いもんか☆ と私も問題の日が訪れるまでは心に余裕があった。実際、1~2回くらいは食事に行ったりしていた。
 好意はビンビンに感じていたが、ことあるごとに「お前はただの友達だ」という態度やワードを会話の端々に盛り込んでいたので、自分としては予防策を張って万事OK問題なし、と上段に構えていた。

 そうは問屋が下ろさなかったのである。

 その日は一緒に飲みに行っていて、珍しく終電ギリギリで地下鉄に飛び乗って帰ってきた。もう少しで駅に着くという間際からやけに正平がそわそわそわそわしだす。
 まさかな、とは思ったがわざわざ言葉で「てめえ面倒くせえから変なこと言うなよ」とはさすがに言えずにただただ無言を決め込んだ。普段21時に就寝する私にとっては酒も入っていたことだし異様に眠くて仕方がなかった。

「Uさん」

 やけに肩に力が入った物言いだった。
 まずい。くる。
 呼びかけられた手前無視するわけにもいかずにひとまず返事はするが、下手なことを言うとどんな事態を招くか予想だにつかない。面倒なことは避けたい。もう既に眠いのだ。眠くて眠くてたまらない。駅に着いた瞬間に別れて出来ればタクシーにぶち乗ってさっさと帰って寝たい。もう眠ることしか考えられない。

「着いたら、話したいことがあります。少しお時間もらえないですか? 改札前にベンチがあるから、そこでもいいんで」

 礼儀がなってるのかなってないのかイマイチわからん。一応時間はあるか? とお伺いを立ててくれてはいるがすかさず場所を指定してくるところからして有無を言わさぬ暗黙の圧を感じる。「5分くらいならいいよ」とリミットを設けることくらいしか私に抗う術はなかった。

 いざ駅に着き、改札前のベンチへ着席した瞬間にそれは始まった。
 お得意の「語り」である。

 正直眠すぎてよく聞いていなかったので詳細は定かではない。
 さぞ私のことを非人道的だと思われるであろうが、私も必死だったのだ。わかってほしい。普段21時に寝る習慣を持つ人間が日付が変わるような時間まで頑張っているのだ。その労だけはねぎらってほしい。

 いつも僕の話を聞いてくれてありがとう、こうやって会ってくれるのもとても嬉しいです、優しくしてくれるUさんのことが僕は好きです、よかったら付き合ってくださいというようなことを30分くらいかけてゆっくりゆっくり話してくれた。

 感極まったのかもう既に正平は号泣していた。

 ごめん気持ちは嬉しいが付き合えない、と伝える「ご」の音を発するか発さないかくらいの時点ではもうこの世の終わりくらいに泣き喚いていた。

 場所は改札前だ。
 終電も終わり日付もとうに変わっていたが人は多かった。

 飲み会帰りの学生グループや社会人グループなどがわらわらわらわらいる。もうじゃんじゃんいる。改札前のベンチで身もあられもなく泣き伏せているガタイの良い男がいたらどんな人でも見やってしまうだろう。なんならクスッとでも笑ってしまうだろう。

 あー面倒くせえなー恥ずかしいなー泣いちゃったなー。

 その時、スーツを着こなした社会人2人組(推定年齢30代後半)が割とすぐ目の前を通り過ぎて行った。あからさまな嘲笑をこちらに投げかけながら去っていった。自分が笑い者にされる気配には敏感なのか、それまで身も蓋もなく咽び泣いていた正平がスッと顔を上げぼそりとこう言った。

「今の人たち、Uさんを見て笑ってました。許せない。ああいうことされると、僕の中の野獣の血が騒ぐんです」

 いやお前だろ。
 私に向けられたのは「お前も大変だな」っていう同情の笑みだよ。
 そもそも野獣の血ってなんだよ。

 咄嗟に出たパワーワードに私は笑いをこらえきれなかった。半笑いで「あの人たちはそういう意味で笑ったんじゃないよ」と言うと「心の広いUさん素敵です」と変換されてしまったのでもうこいつには何を言ってもフィルター崩せねえな、と諦めた。

 それからもう30分程うだうだしていただろうか。

 私も人の子、好意を伝えられて100パーセント無下にも出来ず、かと言ってさっさと眠りたいが為だけに告白OKしてしまうのは今後さらに人生を面倒くさくさせるだけなので、ここは忍耐の時だ。

 俺とお前の忍耐勝負、どっちが折れるのが先か、と闘志を燃やし始めた瞬間、正平が口を開いた。

「もう、会うのも最後になると思うので、別れる前に……」

 なんだ。何がくる。もう無理だぞ。早く私を帰らせてくれ。もう眠いんだ。限界だ。後生だから私を寝かせてくれ。根っからの朝型人間なんだよ。さっさと終わらせてくれ、頼む。
 なんだ! 何がくる!

「ハグしてください」

 こんな公衆の面前で?
 ハグ?
 え?
 この時ほど私の中のタカアンドトシが「欧米かよ!!!!!」と突っ込んだことは未だかつてない。
 大衆の前で泣き恥晒しておきながら、人を巻き込んでおきながら、その上こんな衆目環視の中でハグを披露しろってか。ほんといい加減にしてくれ。

 最後くらいは折れてハグしてやるべきだったのかもしれないが、私にそんな勇気はなかった。消え入るような声で「ごめん無理……」と言って半ば唐突に腰を上げ勝手に帰ってしまった。私の後ろ姿を正平はどのように受け取っただろうか。
 泣くのに忙しくて見ていなかった可能性大である。

 それ以来、正平とはなんの接触もない。
 私の曖昧な態度も悪く、無理なら無理と最初から突っぱねる方が彼のためになったと今更ながら反省しているが、やんわりと接するのが優しさなのだと勘違いしていた。
 お互い若かったのだ。

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