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ゴッドハンド金木じいちゃんの整体(生態)について

私は高校生のくせして、偉そうに週に1回整体に通っていた。
10代なんて、食べて寝てれば、疲れともダルさとも無縁になれる年頃なのに。

当時の私は何の迷いもなくバレエ教室の先生に紹介してもらった整体を受けるため、週に1回江ノ島まで行き、交通費だってバカにならないのに1回6千円の治療費を親にせびり、治療費によって貯まる江ノ島商店街のポイントをコツコツためて漫画を買うちゃっかりさまで持ち合わせていた。せめてそのポイントで、母親に江ノ電最中でもお土産に買ってあげたらよかったのに。

親泣かせの娘であることへの言及はこの際省略し、私が週1往復3時間かけても楽しく通い続けられた整体師の金木先生について説明したい。なにしろ、耳毛が耳の穴から飛び出るほど濃い、かわいいおじいちゃんなのだ。

金木おじいちゃん

そして、その金木じいちゃんの整体は数々のタカラジェンヌが足繁く通うほどのゴッドハンドである。どんな効果があるかというと、まず、整体に行った次の日は必ずひどい筋肉痛になる。特に、太ももの内側やお腹の奥など、普段私が自分で鍛えるのが苦手な場所が筋肉痛になり、翌日のバレエを踊ると圧倒的にジャンプが高く飛べるのだ。滞空時間が3秒くらい伸びる感覚を得るほど、眠っていた筋肉が稼働し、体幹が固定されているのを感じる。

当時、宝塚歌劇団に入団することが人生の全てと思っていた私は、ドーピングしているような気持ちで、この整体を受けていた。

金木じいちゃんのすごいところは、整体の腕だけではない。数多くのタカラジェンヌを顧客に抱えながらも、整体院がひどく古臭いのだ。整体院というより、江ノ電沿いの昔ながらの商店街にある10畳ほどの築30年以上たった小さな薬局だ。ここを金木じいちゃんが1人で切り盛りし、薬の棚が並ぶ薬局の端っこ、1畳ほどのスペースに丸いすを1個だけ置いて施術が行われる。ほぼ薬を買いにくるお客なんていないから問題はない。

金木じいちゃんの整体は、マッサージをするのでもストレッチをするのでもない。ひたすらプロレス技をかけられ、身体をグデングデン動かされ、
「はい、今、骨が動きました!」
という号令を5回ほどかけられ、約1時間で施術がおわる。

"約"というのは、施術時間も、その時によって30分の時もあれば1時間半の時もある。効果は同じためとられる料金は一緒だ。

私は、プロレス技をかけられて倒れそうになるたびに、商品棚に手を置いてバランスをとり、視界に入って来る埃のかかったイソジンを見て、一体売る気はあるのだろうかと疑問を感じながら、また別のプロレス技をかけられる、というループを繰り返す。

そんな金木じいちゃんの整体を受けていたある日、事件が起こる。
私の施術中に、薬局の目の前で江ノ電が人身事故で止まってしまったのだ。

いつもなら、通りすぎるだけの高木薬局の屋内を気にする乗客などいない。しかし、この日は15分以上店の前で停車してしまい、乗客がやれることといえば外の風景を見ることだけだった。

そして、その風景の先にいる、制服を着た女子高生と、その女子高生にプロレス技をかける爺さんは格好の暇つぶし材料になってしまった。
金木じいちゃんは、ただ自分の仕事を遂行しているだけのため、何も気にせずいつも通り私を羽交締め状態にするが、私は、何回も乗客と目が合いその度に乗客が見てはいけないものを見てしまったという表情をして私と目を逸らすのである。

あの時江ノ電に乗っていた人たちは、女子高生が爺さんに呪いでもかけられて操られているように見えたに違いない。当時まだスマートフォンがなかったため、動画を撮られてTikTokに掲がらなかっただけ幸運だった。

そんな金木じいちゃんの元に、もう1つ衝撃的な事件が起こる。

なんと、私が通い始めてから1年ほど経った時、結婚をしたのだ。
しかも、金木先生よりおそらく20歳ほど若い綺麗な女性と。

毎週通っていたのに、全く女の気配なんてしなかった。
というより、見た目はもう60代後半の金木おじいちゃんに春が訪れることなど、私は全く予想していなかった。

恋は、人を変えるものだ。

金木じいちゃんは、駅前に新築の薬局を建て、イソジンだの、オードムーゲだの埃を被った商品は一掃された。薬局には施術スペースも設けられ、カーテンがつき、もう江ノ電の乗客と目を合うことも無くなった。

チャームポイントの耳毛が刈られるようになってしまったところに、金木爺ちゃんの中の男を見た気がして、私は少し哀しさを感じたのであった。

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