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唐揚げとプライド

こんなニューヨークの街にいても、結局食べたいものは唐揚げだ。
カリカリ程よい塩気の衣に包まれた肉汁たっぷり鶏肉とレモンのさっぱり後味。ベーグルやピザなど、唐揚げの前には無力である。Tボーンステーキとだっていい勝負ができる。

30年間料理をほとんどしてこなかった私も、ニューヨークに来たばかりの頃、無性に唐揚げが食べたくなり、夜な夜な唐揚げを作ったことがある。

ニューヨークで鶏肉を買って驚くのは、"ボーンレス"と書かれていない限り、骨付きになっていること。私はこれを知らず、家に帰って意気揚々と鶏肉を切ろうとしたところ、肉の中心を陣取る立派な骨を見て唖然とした。肉切ること一つ、苦労を押し付けてくる街である。

なんとか骨を取り除き、ようやく揚げる段階になるともう深夜0時を回っている。料理が苦手な私が慣れない手つきで深夜に1つ1つ揚げ物を始めると、粉も油もキッチンに飛び散り、油断して手を何箇所も火傷をし、出来上がる頃には疲弊して食欲を失っている。
それでも、久しぶりに唐揚げを口にふくむと、「あぁ、これこれ。これぞ、おふくろの味よ。」とうなづき、人気Youtuberりゅうじさんのレシピ権利を勝手に自分の母親に委譲する。

とはいえ、面倒くさがりで飽きっぽい私はこの日以来唐揚げを作ったことはなく、ベーグルやピザに甘んじる日々を送っていた。

ある日、意外なところで「唐揚げ」の名を耳にすることになる。

それは、私がパートタイムで事務の仕事をさせてもらっている日系の会社。私の上司曰く、今夜、新入社員歓迎会がオフィス近くのカラオケで開催されるらしい。ただのバイトで、カラオケにも全く興味のない私は、聞き流す。それでも、上司は話を続ける。

上司「そのカラオケでは、毎年"唐揚げ"のケイタリングが出るの。」
私「唐揚げ…」

ピザかタコスしか出ない、アメリカのケイタリングにおいて、唐揚げを選ぶなんて、気の利いた幹事がいるものだ。今度は私が上司との会話をリードする。歓迎会開催地と時間を確認。私の今晩の夕飯がこのまま行くと、屋台で買ったマンゴーのみになってしまう情報も丁寧に会話に織り込む。仕事のできる上司は、私が待ち望んでいた言葉を発する。

上司「よかったら、カラオケ行く?」
私「私のようなものが、よろしいのでしょうか?」

全く意味のない謙遜を見せ、私は上司と一緒に新入生歓迎カラオケに潜り込むことにした。
会場に到着すると、ちょどケイタリングが運ばれてきたところだった。私は、関係ない人間が混じっていることがバレないよう、俯きがちにケイタリングの場所への向かう。途中、隣の部署の人に話しかけられ、立ち止まりかけるが、上司が私の腕を掴み、"Do your job" と指示を送る。

ケイタリングエリアについた私たちは、ケイタリングが並ぶすぐ隣のソファを陣取り、そこに並ぶ、唐揚げ、枝豆、寿司をガツガツ食べていく。


スペイン出身社員が熱く「コラソ〜ン」と歌う声など耳に入らない。私たちのミッションは、自分たちの存在がばれる前にできるだけ多くの唐揚げを胃袋に入れることだ。

ふと、両親の顔が浮かぶ。
娘を異国へ送り、2年間の大学院生活でマスターを取得した彼女の成れの果てが、唐揚げ泥棒である。

タイムリミットが来た。この歓迎会を主催する人事部社員が会場に到着したのだ。私たちは彼らに見つかる前にそそくさと退出する。

滞在時間、15分。唐揚げをたらふく食べ、見上げるミッドタウンの空は赤焼けていた。

これに味を占めた私と上司は、その後総務部ともコネクションを作り、彼らから役員会議の情報を横流ししてもらっては、役員たちに用意されたケイタリングをありがたくつまみ食いさせていただくのであった。

繰り返しいうが、これがニューヨーク大学院でマスターをとった人間の生き方、さらには、ニューヨークの中心で5年以上働く、ある程度出世した私の上司の生き方でもある。

これを、サバイブしていて楽しいと取るか、情けないと取るかが幸せの分かれ道なのかもしれない。

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