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どれもこれも いま をみるためのもの

ざっくりグルテンフリーは続いていて一ヶ月半を過ぎたくらいなのだけど 先日出先でそこしか売っていない好きなパンがあって久しぶりに買って食べた

久しぶりのパンで感激するのかと思ったらそうでもなくて あれ? という感じで 食べて少ししたらお腹が鈍くなってきてピーっとなっちゃった

結構お腹は丈夫で痛くなったりゆるくなったりすることが普段ほとんどないから 普段と違う事したっていったらパン食べた事くらいしか思い当たらなくて いや パン自体がどーだったとかいうのではなくてね

でも少し前までパン食べてどーこーってのはなかったしなあとか思いながら自分の身体に意識向けていたら気が付いた

あ お腹の中が冷えてるぞぉ~

外側じゃなくて内臓 お腹の中が冷えてる感じがする
え?小麦って冷やすんだっけ?と調べてみたら 冷やす食材だったらしい 知らんかった
グルテンどーのではなくて お腹の中が冷えてゴロゴロとなったみたいね
お白湯さん飲んで湯たんぽお腹に当ててたらすぐ回復したけれど

グルテン減始める前まで小麦食べてお腹冷えたという感覚は一度もなくて  始めて一ヶ月半くらいだけど体感覚変わって来てるんだなあーと実感してみたりして
他の要因かもしれないけれど実際身体は以前のような鈍い重たさは減ってきているように感じる



小麦の代用もまた色々探し始めて 今はパスタもグルテンフリーのが結構出てて 米粉のフリンジを試しに使ってみたら 言われなきゃ米粉だとは分からないレベルでびっくりしちゃった

私はどーも食感のほうが重視みたいで パスタを食べているような食感に近ければ「パスタを食べたい」という欲求は解消されるみたい
これは以前のグルテンフリー生活の時の「コロッケを食べたい」を解消するためにひっくり返した油揚げを使った時に気が付いたことで 『揚げ物』食べたいとなっているけれど実はあのサクサクした感じを欲していたらしいと分かって それ以降も「〇〇が食べたい!」となっても「で ホントは何を求めてるのかしらん?」とその求めている本当のありかを探すようになった

そんなこんなを繰り返して私は自分の「どうしても〇〇が欲しい!」という要求(特に食べ物)は信用しなくなっていて それよりも それを求めている本当の欲求を見つけたいなと思って自分を探っている

で 必要に迫られてこーいった事をやってきたけれど これらは今求められている「じぶんの本質の願い」を観るという事に繋がっていたんだなあと自然のお計らいに感謝しつつこういった流れに気付くたび毎回驚く

誰が計画したわけじゃなかろーに
すべてはちゃんとそのように動き流れている



やれグルテンフリーだの何だのって
生活のひとコマだけれど
その無意識に日常でやっているそれらが
実は全部あらゆるピースとなっていて

生活に追われちゃったりするけれど
そのひとコマひとコマを
ちゃんとゆっくり向かい合って

そう思わせている それ は
本当は何だ?

となぞなぞのようにやっていると
その 表向きフツーの日常生活が
隠し扉いっぱいのダンジョンへと変わります



ほんとうは自分はどう思ってるんだ?
ほんとうは自分はどう感じてるんだ?

ほんとうは自分はどうしたいんだ?

これらを解くのに
病院に行く必要も何かの資格取る必要も
どこかのセミナー受ける必要もなくて

普段の日常生活の自分に
意識を向けてよーく観てみれば

自然と色んなものが浮き上がってきます

今は昔と違います
ぜんたいの軽さが手伝ってくれています
そういう流れになっています



自分で意識しなきゃいけないのは

無意識に 今まで を
繰り返してやろうとしている自分がいる
と気が付いていることで

それはもうこの身体にしみついている
習慣化されたものだから
気が付いて上書きするしかありません

精神的なこと と
肉体的なこと の
持ち分や特徴や仕組みを知って
さらにお互いがリンクしている事も知ると

この方法でしかない とかいう狭い範囲よりも
もっと多角的に物事が観れるようになります



精神的なことからアプローチして
肉体的なことへ働きかけてもいいし
反対に
肉体的なことを入口にして
精神的なことへ変化及ぼすことも出来ます

ただ
この地球上で肉体持って生きている以上
どちらか片一方だけでOK ということには
ならんようです

本人気が付いていないだけで
身体の不具合が整えば
精神的にも楽になっているし
精神的にほぐれたことで
身体もよくなる事も多々あります

精神だけ整えていれば大丈夫
身体だけ気を付けていればOK というのは
両方セットのこの世界では
片寄り過ぎちゃっています



何のために
わざわざ肉体をまとって
この地球という場で生きているのか

そんな事らも
少しずつ思い出していくのかもしれません



ありがとうございます。 お受けしたサポートのお気持ちは、この巡りのなかで循環させられるよう、ありがたく使わせて頂きます。感謝致します。