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宛名の無い手紙も崩れるほど重なった

君は会おうとはしてくれなかった。少なくとも二人きりでは。捨て鉢になっている僕と二人きりで会うのは危険だ、と思ったんだろう。その判断は正しかったと思う。もし会えば僕は君の首を絞めていたかもしれない。

代わりに受け取ったあの手紙。読んですぐにビリビリに破いて捨ててしまったけど、今思えば取っておくべきだったな。とても残酷な言葉が並んでいた。当時の僕にはとても受け入れられなかったけど、あれはあれできっと君なりに精一杯の誠意をこめていたんだろうなと今では思う。

僕はわかってほしかった。何が?わからない。わからないけどわかってほしかった。伝わっているべきことが伝わっていない気がした。本当は目を見て話したかったけど、それはもはや叶わない願いだ。ならばと僕は手紙を書き始めた。会ってくれないならこっちも手紙を渡そう。

そうして僕は何通の手紙を書いただろう。寝る前にベッドに横になりながら君への思いを綴る。テレビがぶっ壊れた汚い部屋で、静寂の中で研ぎ澄まされる君への思い。

どうにかして穏やかにこの気持ちを伝えたい。そう思いながらも気づけば感情的な言葉を書きなぐってしまう。「今日もやっちまった」。そんな夜を僕は一年以上繰り返した。

あれから20年以上が経つ。今となっては、ありきたりな表現を使えばただの「良い思い出」ということになるんだろう。

書いた手紙の下書きは大学ノート何冊文たまっただろう。結局僕は君に手紙を渡すことはできなかった。でもそれで良かったのかな、と今は思っているよ。

自分の心の最も奥深いところに潜り込む。その経験自体が今の僕にとってかけがえのない財産になっているから。

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