米国が原爆投下で謝るにも謝れない理由

 知らなかった、原爆を開発し、投下の撮影までした米科学者が、広島に訪問、資料館を見て、被爆者と対話までしていたとは。動画をすべて見た。

 彼は決して被爆者に対して謝らなかった。そこで真珠湾とバターン死の行進で死んだ友人のことを話す。話がかみ合わないが、彼の気持ちも分かる。もしここで謝ったら、そこで行われたあまりにもの不条理に、パンドラの箱を開いてしまうことになるからだ。

空襲や原爆投下は国際法違反

 彼は分かっているはず。真珠湾攻撃またバターン死の行進は、原爆のもたらした被害と比べたら、あまりにも非対称だからだ。何を言いたいかというと、国際法に照らせば、非戦闘員や非軍事施設への攻撃を禁止している。そして不必要な苦痛を与える兵器の使用を禁止している。

 彼の友人たちは、攻撃を受けたり、酷い扱いを受けたが、すべて兵士だ。真珠湾では民間人を攻撃していない、死傷者は指に数えられる数だ。日本は捕虜米兵への非道な仕打ちをしたりして、ジュネーブ条約違反をしたと言える。しかし、東京空襲も原爆も、人口密集地域で、民間人に対して行ったものだ。(彼は、「無実の人々が、というが、だれも無実なんかではない。」と言っていた。哲学的にそうとも言えるが、現実の話は決してできない。国家総動員法の下に日本国民はいたが、戦闘員では全くないのだ。)そしてその被害状況は、まさに終末の様相を呈するようなおぞましいもの。日本のしたことは悪いが、それに対する報復としては、尋常ではない非対称である。

 これは、例えばイスラエルがパレスチナのハマスと対立した時に、イスラエルはガザ地区の、戦闘員がロケットを発射しているところや、幹部が隠れているところなどをピンポイントで狙い、しかも、周囲の住民に事前に警告することによって、民間人への被害を最小限にするべく努力しているが、ガザ地区を空爆しようものなら、ものの1時間もかからずに、そこにいる住民を大量虐殺することもできる。冷酷な軍事作戦を、道ならぬことだが、実行したら効果的だろう。

 しかし、こんなことをしたら、ただでさえ国際法違反だと非難されるのに、非人道的に、不必要にパレスチナ人を殺しているということで、安保理で制裁対象となり、国は今のロシアのように孤立、そしてイスラエル人たちからも、怒涛のごとく軍と政府に対する非難が飛び交うだろう。軍事的にイスラエルは生き残っても、政治的には死に体となる。こうしたことが、戦時中、米軍が東京などの主要都市と、広島と長崎に行ったことなのだ。

原爆の父:ナチス敗北後の原爆は不要

 ところで、今年の夏、米国や他の国々で、原爆の父「オッペンハイマー」の映画が上映されているようだ。

 内容は分からないが、彼はユダヤ人だ。ユダヤ人が原爆開発に関わるのは、ナチスを意識しているからだ。(水爆の父エドワード・テラーもユダヤ人だ。彼は反共が、開発の動機になったと言われる。)このナチスを何としても歯止めをかけないといけないという使命感と焦燥感だということを聞く。しかし、ナチスは敗北した。だから、日本に使用するのはどうなのか?という悩みがあったことだろう。そして公式に、不必要であったと戦後、言い出した。

 しかし、米国には大義があった。早くこの戦争を終結したかった。そして原爆は手っ取り早かった。そして、何よりも、どれほどの威力と悲惨をもたらすかが、広島と長崎によって明らかになった。だから、核兵器の恐ろしさをしって、その核兵器の保有や管理によって、他の通常兵器の戦闘をさえ抑止する秩序を作り上げたからだ。ソ連との冷戦を見据えて。だから、これは実験台になったのだ。しかし、その実験がなければ、人は簡単に核兵器を使用してしまう。この自己矛盾に陥っているのだ。

アメリカの正義病

 アメリカは、このことでたぶん自分たちを正当化しなければいけないという、強迫観念的な、正義病みたいのに、国としてかかってしまったと思う。何でもかんでも正当化しないと気が済まない。日本は逆に、正しいことなのに、それを訴えるのはあきらめようとする、そしてとりあえず謝っておこう、和合しようという謝罪病にかかったように思える。

 それぞれの病からの克服が必要だろう。今、間違いを認めても、日本はそれをいいことに非難することはないし、国際秩序も変わらない。そして日本が今、自分の国を守るために動いても、国際社会は以前のように非難することはないだろう。そして今、このことは必要に思われる。

連合国による戦勝史観の転換

 国際秩序が大きく転換しているからだ。連合軍による、国連の常任理事国に、世界の秩序を脅かしている中露が居座っている。そして枢軸国の日独が、国際社会の信頼を得て、理事国入りの候補となっている。

 連合軍による戦勝史観には、ソ連のプロパガンダが多分に含まれている。米国は日本は反共の防波堤になるという考えもあったが、日本こそが恐ろしい国なのだという考えに傾き、それで日本を叩いた。しかし前者が正しかった、たちまち中共が台頭した。そしてソ連は、スターリン政権下でどれほどの人が死んだか。ホロコーストの悲劇は単なる人数で比べられないが、死んだ人数では毛沢東やスターリンの支配のほうがずっと多いのだ。

 そして、ユダヤ人でいうならば、枢軸国の日本は、ユダヤ人に対する人種差別政策に加担していない。日本統治下の上海ゲットーには、ユダヤ人を対象にしたものは何一つない。ちなみに、フィンランドも枢軸国でナチスの助けを受けたが、国内のユダヤ人は迫害されなかった。つまり、日本が枢軸国だからナチスと同じだとするのは、まさにソ連と今のロシアのプロパガンダにひっかかっているのだ。

ロシアとの歴史戦と情報戦

 ルーズベルト政権の中枢に、ソ連コミンテルンの工作が浸透していたことは、米国の文書から明らかになっている。ヤルタ会談に、大統領に同行したアルジャー・ヒスは、ソ連工作員であることは明らかになっている。

 今、米国保守派は、当時の共和党を中心とする「日本=反共の防波堤」論の方が正しかったのではないか、という歴史の見直しをしている。米国の左翼は相変わらず、安倍首相が歴史修正主義だとか言っているが、日本のことを言う前に、自国内の歴史見直しの動きに注目してみたらどうか。


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