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ブラッドオレンジジュース、ワンモア


彼女はアルコールが飲めないから、いつもブラッドオレンジジュースを頼んでた。

だけどきまって火照ったような頬してさ、それは東京の街に酔っていたからなのかなって、
今なら少し、思い当たる節もある。


彼女は東京を恨んでいたわけじゃない。
ただ少し、不器用だっただけだ。

昨日まであったコーヒーショップが今日はもうレコードショップに代わっているような場所さ。

他人に期待するのは不毛だってこと。
いいや、違う。そういうことじゃない。

望めない、っていうことさ。
愛も、金も、変哲のない朝も。

「明けない夜はないって言葉あるでしょう。あれ、ウソだね。いつだって、私に朝は来なかった。」


誤解してほしくないんだけど、彼女は東京が好きだったんだよ。

混沌とした人混みに埋もれるのも、チープな夜景にくすんだ灰を落とすことも、心底楽しんでた。

でもね、酒に酔えない彼女にとって、朝を待つのは少しばかり退屈すぎたんだ。


彼女は深夜の3時きっかりにこの街を去った。まるで決まりきっていたことのように、綺麗さっぱりとね。パーラメントの残り香すらしなかった。

彼女は死んだか、だって?
ナンセンスな質問だ。

彼女は東京の街からいなくなった。

君が知っておくべきことは、たったそれだけだ。



さあ、そろそろ帰ってくれないかな。
店を閉めなくてはいけない。

なぜってほら、窓の外をごらん。


朝が来たんだ。




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