L地区の拠点にて

 「爆発音が聞こえたあと、様子を見に行ったら、皆死んでたんだ。」
 憔悴している様子で男は訴える。
 「いや、嘘だ。爆発音なんかしていない。俺が見に行ったら、コイツが死体のそばに居た。」
 小部屋の真ん中に置かれた机の前で、キリエ達は黙って話を聞いていた。事故について聴き取りをするためだった。
 「違う! 俺はコイツと一緒に死体を見つけたんだ。爆発音は一緒に聞いたはずだ!」

 「分かった。汚染が引いたら一度調査に向かおう。」
 キリエは男に向かって優しく言葉を返した。

 「キリエ。俺を信じるよな? 爆発音なんか無かった。コイツが殺したんだ!」「…いや、だから俺はやってない!お前も爆発音を聞いたはずだ!」「…いや聞いてない!」「…いや聞いたはずだ! 爆発音はあった!」「…爆発音なんて無かった!」
 男は首を左右に振ったり毎回違った方向に向かって一人で喋っていた。

 この光景にキリエ達は何も言葉が浮かばなかった。取調べを受けている男アルトはキリエ達の仲間である。彼の中にはもう一人の人間がいた。いや、できてしまった。アルトはL地区での長い生活によって自己が壊滅してしまっていた。それでもキリエ達は話を聞いてやることがケアだと考えてこうして向き合っていた。

 そもそもアルト達の言う事故が本当にあったのかも不明である。それさえも彼の中のイメージなのではないかと徐々に思い始めていた。

    ◇

 「ミッションの過程でおかしくなっちまった奴なんて何人もいた。どれだけ強靭な精神の奴だろうと、任務に適しているとは限らない。」
 キリエはこのグループの最古参である。
 レイサが顔だけで相槌を打ちながら配給食を頬張っていた。

 「汚染区域も広がって来ているし。ここが侵食される前に救助が来ると良いんだが…。」
 その言葉を聞いたレイサにも同じ不安があった。いつこの閉鎖的な場所から出られるのか。

 レイサ達は、たまたまこの建物を発見できたからこうして雨風を凌げている。ここに来る前の彼女は本当に生きた心地がしていなかった。
 「ここって何の施設なのかな。」
 配給食を飲み込んだレイサが口を開いた。
 「さあな。この地区にしては綺麗なまま残っているけど。何かの基地だろう。」
 キリエにもここが何の施設か分からない。
 とにかく、ここの皆はこの中途半端に狭い閉鎖空間でいつしか共同生活を送ることになってしまったのである。

    ◇

 基地には中庭があった。まだ汚染されていない植物の宝庫ともいえるこの一画に、疲れを溜めこんだキリエはよく通っていた。
 「昨日より葉が大きくなってるね。」
 そう中庭の先住者が呟いた。彼ラルゴもいつしかここで植物の面倒を見るようになっていた。
 「お前ここに来てから毎日面倒を見てるよな。…花が咲くといいな。」
 ラルゴは表情を緩めて話題を変えた。
 「で、事故の件はどうだった?」
 キリエの表情に陰りが差した。
 「アルトはダメかもしれない。救助が来るまで俺たちで診てやらないと。とにかく救助待ちだ…。」
 キリエがこの建物を見つけて住み始めてから随分長いこと時間が経っていた。いつとはなしに他の面々もこの拠点に避難するようになり、孤独と絶望の海だったものが次第に明るく活気づいてきた。

 「ミッションは失敗なのか…?」
 世界の汚染などつゆ知らず空は青い色彩に満ちていた。穏やかな風を浴びながらキリエはラルゴの問いに応えた。
 「ミッションって何だっけ。」

    ◇

 少し広めの部屋に皆集まっていた。陽は沈み始め気温が下がってきたこの時間、会議と夕食を兼ねた集いである。
 「なぁ、オレたちのミッションって何だっけ?」
 レイサが顔だけで相槌を打ちながら配給食を頬張っている。そうしながらも脳裏ではミッションとは何か、記憶を巡らせていた。ミッションと脱出を天秤にかけて答えをはじき出す。
 配給食を飲み込んだレイサとラルゴが同時に口を開いた。
 「とにかく皆で救助を待ってここを抜け出そう。」
 「とにかく皆で救助を待ってここを抜け出そう。」

 ぼうっとした頭でキリエは尋ねる。
 「ラルゴ、面倒見てる花も持っていけたら良いな。」
 ラルゴは遠い目をしながら答える
 「あぁ。」

 「ラルゴって誰?」
 レイサのその言葉で水を打ったように場が静まった。
 きょとんとした表情でキリエが返事をする。
 「え?コイツだよ。なぁ?」「…こないだ鉢植えを見つけてさ。それであの花は持っていくよ。」「…ずっと面倒見ていたもんな。」「…あぁ、花が咲くのを見届けたいんだ。」
 キリエはラルゴがいるはずの空間に向かって一人で喋っていた。彼の中にはラルゴというもう一人の人間がいた。

 「キリエ…そんな。」
 レイサは絶句するしかなかった。

 「レイサ… お前までおかしくなっちまったのか…?」
 「いや私達はおかしくなってない。大丈夫だよねぇ、リディア?」
 リディアが口を開いた。
 「私達は大丈夫。」「…ほらね。それよりもキリエの方こそ」「…キリエ嘘でしょ、アルトみたいになっちゃったの?」
 レイサはリディアがいるはずの空間に向かって一人で喋っていた。彼女の中にはリディアというもう一人の人間がいた。

 それからレイサはふと我に返った。これまで何を考えていたか一瞬分からなかった。ただ配給食の味が舌に僅かに残っている。
 急激に気温が下がってきたのを感じた。

 この部屋には彼女以外誰も居ない。キリエもラルゴもリディアも居ない。

 そしてレイサも居ない。

 「爆発音が聞こえたあと、様子を見に行ったら、皆死んでたんだ。」

    ◇

 アルトはこのL地区のどんよりとした雲空の下でうずくまっている。
 晴れた空や草花、食料の味、死んでいった仲間たちのことを想像しながら。

おわり

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