逆向き列車に乗ってみたい話

逆向き列車に乗って海へ行こう。



朝、無機質なアラームで一日が始まる。否、始めさせられる。

誰も求めてない新しい一日の始まりは、そんなことに気づくはずもなくノコノコとやってくる。

今日も仕事。明日も仕事。明後日も…

そんなことを想像しながら体にカフェインをぶち込み食道の感覚が明瞭になる。

家から出れば、そこは戦場。任務を終えるまで休憩所、家には帰れない。

今日も生死を懸けた戦へ臨むのだ。


いけない、家に財布を忘れてしまった。

昨日夜中にコンビニに行った時にバックに入れっぱなしであった。

慌てて踵を返し、駆け足で家へ帰る。


予想していた通り、財布はしっかりと別のバッグの中にあった。

物忘れの激しさが相変わらずな自分に自己嫌悪を感じつつも、急ぎ足で再び駅へと向かう。


息が切れている。それもそうだ。かなりのダッシュをかましているのだから。

このペースならギリギリ間に合うくらいであろうか。とにかく急ぐ。

こんなに慌てて駅構内に飛び込むのは初めてだ。駅がいつもと違うようにすら感じる。


酸素が足りない。思考ができない。いつもの感覚を頼りに歩を進める。

目の前にドアが閉まりそうな車両がある。いける。


電車内で息を切らす。肩で呼吸をしている。頭が追いついてきていない。

こんなに走ったのはいつぶりだろうか。よく頑張ってくれたぞ、自分の足。

もう二度とこんなことはしたくない。持ち物は予め確認しておかないと。


今日はやけに席が空いている。都合がいい。棒になった足を休められるのだから。

腰を席に深く下ろし、ほっと一息つく。

朝から災難に見舞われ、今日はツイてないなと思う。

そういや、占いも最下位だったな。


頭が回りはじめた。窓の外を眺める

いつもとは違う景色が流れる。

目を擦りもう一度眺めてみる。

いつもとは違う景色が流れる。


私は本当に頭を抱えた。比喩ではない。

向かいに座るおじいさんも心配そうな面持ちでこちらを見ている。

見ないでくれ。恥ずかしい、こんな姿。

頼むから、誰もこの事実に気づかないでくれ。


私は完全に理性を取り戻し、現状を整理した。

まず私は、逆向きの列車に乗ったらしい。

そしてこの列車は急行なのでしばらく停まらないらしい。

そして、なんと言っても、遅刻が確定したらしい。

せっかく今日もわざわざ目覚めたのになんて様だ。

こんなことになるなら有給を取って起きずにずっと寝ていたかった。

でも起きてしまったことには仕方がない。

正直に会社に電話しよう。


 


気がつくと海を眺めていた。

青い海だ。

何も考えてない。

何も考えたくない。

ただただ目の前には海があって私はそれを見ている。

なんでこんな服着てるんだろ。

なんでビーサン履いてないんだろ。

なんでこんなに解放されてんだろ。


近くの定食屋で昼食を食べた。

冷めた弁当ではなく、アツアツの唐揚げを頬張った。

海の家でアイスを買った。

熱くなった頭を冷やしてくれる。

遊んでいた小学生に話しかけられた。

そういえば昔、海辺で遊んでたな。

海の写真を撮った。

そのまま待ち受け画面にした。


なんか色々忘れてることがあったな。

なんとかはなるか。


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